第150話 トルーマン決断の時
=あの日=
ハリー・S・トルーマンはホワイトハウスから離れて仕事をしていた。副大統領にして元州兵で前大戦で戦った経歴から軍隊に明るく、軍事費の無駄遣いを暴く委員会の長を務めたことで、政治的な知名度も高く副大統領に指名される。ルーズベルト大統領が多忙な上に持病の発作が増えて職務を代行した。次期大統領候補と言われるが、あくまでも自分は副大統領に徹しており、その姿勢は更に支持を集める。
「ホワイトハウスが攻撃されたが、辛うじて、大統領は無事なんだな」
「秘書が犠牲となりましたが無事です。しかし、もう職務には耐えられないと…」
「そうか…」
「合衆国憲法に基づけば副大統領が臨時大統領と指揮を執ります」
「わかっている。まずは議会の承認を得なければならん。それに報道陣への説明もある。デモの対処も積み重なった」
「戒厳令を出しましょう。緊急事態です」
「そうするしかないか。気乗りせん」
トルーマンは健康体だが深夜の一件で心がズンと沈んだ。本日未明にホワイトハウスが日本軍機の攻撃を受ける。目撃者曰く「謎の航空機が急降下した」だ。敵機は潜水艦から発進すると監視網を突破してワシントンに侵入する。ホワイトハウスめがけて急降下爆撃を敢行した。
ホワイトハウスは特徴的なドームが砕けて内部も天井が崩落する。ルーズベルト大統領は会議室で閣僚と軍人たちと会議中だった。そこへ天井の崩落が襲い掛かる。傍にいた秘書官が盾となって一命をとりとめた。しかし、持病の悪化や精神的な不安定など、ドクターは「これ以上は無理」とストップをかける。大統領夫人も「夫と生まれ故郷の田舎で静かに過ごしたい」と話した。やむを得ず、現大統領は無期限の静養に入る。トルーマン副大統領が臨時大統領に繰り上がった。合衆国憲法に基づくが一定期間以内に議会の承認を得る必要がある。
さらに、既に駆け込んできたマスコミの対応、早朝から行われる反戦デモ活動、一部アジア系市民の暴動など忙しかった。マスコミは報道官に対応を命じ、反戦デモや暴動騒ぎは鎮圧に動くが、非常時を盾に戒厳令を発令しよう。これで大統領の下で好きに行動できるはずだ。議会の承認云々は無理に押し通すだけ。
「民主党内部からも反戦の動きがあります。正式な大統領選挙を考えると…」
「停戦か? それも…考えねば」
「前向きではございませんか」
「いや、今は前向きも後ろ向きも何にもならんのだ。ルーズベルト大統領は何をしている」
「例の計画ですか」
「あぁ、30分前に知ったよ。ロスアラモスで何が起きているかようやく理解できた。原子爆弾なんてものを作っている。これがあれば日本に勝利できると信じていたのだな」
「本当にできるのでしょうか? 私は不思議でなりませんよ」
「私もだが話せるのはこのメンバーだけだ。キングやマッカーサーにも知らせるな」
「もちろんでございます」
トルーマンは臨時大統領就任から1日も経過していなかった。ルーズベルト大統領が残した物事が多すぎる。副大統領にもかかわらず、一部の高級将校を除き、まったく知らされなかった。特に原子爆弾開発に関しては怪しいと思う。情報戦の一環だと信じていたが、本当にロスアラモスで研究と開発されているとは思わず、根拠なき強硬姿勢に合点がいった。なるほど、都市を吹き飛ばす爆弾があれば強気でいられる。
トルーマンも対日戦強行派の人間であるが、それ以上に社会主義ないし共産主義を激烈に嫌っており、ソビエト連邦の拡大に恐れを抱いた。ドイツが丸ごと呑み込まれることは認められない。したがって、ヨーロッパ戦線に派兵を主張してフランス解放を急ぎたかった。
「原子爆弾を作ったところでだ。どうやって運搬する。ボーイングの新型戦略爆撃機は頓挫を免れた。B-29は内陸の工場で生産できるが、当然ながら、届くわけがなかろう」
「B-36は…」
「日本が先に作っただろうが! 奴らはアリューシャンからここまで往復できる!」
「アリューシャンの攻撃を命じます」
「無駄だ。B-17でも飛行が難しい程に霧が濃くて風も強い。海上から攻めても同じことだ」
「つまり…」
「日本は天候を味方につけている。全ての天候に対応した戦略爆撃機だけじゃない。ジェットの戦闘機まで開発した。我々はどうなっている」
「残念ながら」
1944年9月のことである。
トルーマンはいきなり難局に突き落とされた。この先をどう指揮するのか期待する声は一切聞かれない。ルーズベルト大統領の側近だった故に不支持が強くあった。これを覆すためには明確に分かり易い戦果が求められる。しかし、現状を打破するためには原子爆弾しか残されていなかった。彼自身は積み上がる報告書から逃げる。原子爆弾に関しては自身の側近に定めたジェームズ・F・バーンズ国務長官に一任した。
「まずは戒厳令を敷いて統制するんだ。デモ隊や暴動は捕縛して刑務所にぶち込め」
「はい。仰せのママに」
第一に統制を敷いてマスコミにも監視が入って自由な報道は制限される。日本の大本営発表のような報道が展開されて不透明感が増した。市民の反発は軍隊を動員して抑え込む。デモや暴動など反政府的な動きはファシストの手先と捕縛していった。かなり強権的な動きであるがアメリカらしい。これが自由の国であるのかジャーナリズムは加速した。
幸いにも、対日戦は本土空襲を除いて動きは見られない。お互いに睨み合うばかり、捕虜交換が幾度か行われる程度であり、本腰を入れた戦闘は行われなかった。トルーマンも陸軍同士の停戦は承知している。陸軍は「ルーズベルトが倒れたぞ」と一斉にヨーロッパ派兵を主張して止まらなかった。陸軍航空隊が本土防空を担うことを指摘するが聞き入れられない。そもそも、海軍が負けなければこんな事態にはならなかった。トルーマンも健康状態が損なわれつつある。その中で爆弾が放り投げ込まれた。
=1944年12月=
「今日は一番と冷え込むな」
ワシントンは雪に覆われている。ホワイトハウスは復旧中だが雪に包まれていた。戒厳令は未だに敷かれている。市民は逮捕されては生活できないと落ち着きを強制された。ホワイトハウスはもちろん、憩いの場である公園には高射砲と高射機銃が設けられ、主要な幹線道路には装甲車が居座る。
「失礼します。大統領閣下にご報告がございます」
「なんだ。急ぎか」
「はい。大至急でございます」
「そのまま言ってくれ。報告書は読みたくない」
「それでは…日本政府よ連絡が入りました。まずはルーズベルト前大統領の体調不良を受けて無事を願う文言です」
「無駄に律儀である。日本らしい」
「その上で忠告が付け加えられておりました。トルーマン氏が日米停戦に応じない場合はロスアラモスを爆撃する。我ら皇国は天皇陛下の名のもとに裁きを下すであろう。それは世界を終末に導こうとする逆賊を討つためだ。48時間以内に返答を得られない場合は核の炎が見られる」
「脅しだな。ロスアラモスは航空隊が固めている。P-61を配備させた。レーダーを備えた重戦闘機が飛んでいる。それにマスタングもいた」
「はい。私もブラフと踏んでいますが警戒して損はないかと」
「そうだな。一段と警戒するように伝える」
トルーマンは致命的なミスを犯した。日本の本気度を見誤ったのである。西海岸が空襲を受けて東海岸も侵入を許した。内陸部は届かないだろうと高を括る。それが身を滅ぼすことを学ばされた。
「ジャップが…」
続く




