第149話 ホワイトハウス爆撃作戦
「ワシントンのホワイトハウスだ。頼むぞ」
米本土空襲は富嶽が初めてではない。規模は遥かに小規模だが小型水上偵察機を用いて森林の爆撃を敢行した。その水偵搭乗員と潜水艦乗組員はそのままに再度米本土爆撃を計画する。しかし、富嶽の計画がある以上は目標を選んだ。西海岸は早々に除外されて東海岸に絞られる。潜水艦の隠密性を活かして心臓部に突き刺さんとワシントンD.Cの中でも最たる施設のホワイトハウスを爆撃した。
「万が一は私を捨ててくださいね。切り込みようの機関短銃と日本刀があります」
「その時はイ400も一緒だ。自沈してやる」
「ありがとうございます」
ワシントンD.Cのホワイトハウス爆撃作戦は石原莞爾の計画ではない。元々は海軍の山本五十六など航空屋の発案だった。富嶽以前に潜水艦による米本土空襲は研究を進められる。富嶽計画に予算と資材が割かれた。敵国首都を突き刺す点で辛うじて首の皮一枚で繋がる。当初よりも大幅に縮小したが実行に至った。これに対して「米国市民を無駄に刺激して反戦を飛び越える。対日戦を徹底実行になるかもしれない」と反論がくる。作戦実行は富嶽隊の爆撃と同時にすることで西海岸も東海岸も射程に収めていると教えてあげた。それで市民感情を上手くコントロールしよう。
「作業開始! いつも通りにやるんだ! 5分だ! 5分で終わらせる!」
ワシントンの沖合の海に鋼鉄の鯨が姿を現した。闇夜に紛れてレーダーや目視の監視から逃れるべく浮上からすぐに作業を開始する。円筒からエッサホイサと水上機が出された。エンジンの暖機運転は済ませているようで快調を主張している。
「白鳥発進用意!」
「射出機固定! 空気の圧力上昇!」
「ホワイトハウスに50番をぶち込んで来い。一人で済まないが頼むぞ」
「お世話になりました」
それは日本海軍の究極の秘密兵器であるイ400型だ。イ15型など水偵搭載型潜水艦を数多く建造している。しかし、米本土やパナマ運河など敵地の戦略的に重要な施設を破壊するに不足が著しかった。航空機運用能力に特化したイ400型が持ち上がる。規格外の潜水艦で難航が予想されて富嶽の計画に負けて消失しかけた。これを巡航噴進弾搭載を含めることで承諾を得る。イ400はプロトタイプのため特殊な水偵を搭載した。将来的に大型の巡航噴進弾を搭載して試験が予定される。今日は唯一の攻撃機会なんだ。これを逃しては二度と兵器として戦えない。
対米戦が終わった後は欧米諸国を中心に牽制のやり合いが待った。日本は神出鬼没で首都も攻撃可能な戦略攻撃の潜水艦をカードに保有する。それこそ世界終末の最終兵器を搭載すれば恐喝の道具に足りた。世界において潜水艦はドイツと日本の十八番である。ドイツは敗色濃厚でUボートは消えることは確実だ。日本が恐ろしい戦略潜水艦を保有してリードする。
「固定よし!」
「ネジ1本の緩みも逃すな!」
「はい!」
「逆探感なし。ロ号が引き付けてくれています」
「さすがは隠密性と高速性に特化したロ号だな。一度追われても遊んでやっている」
「小型潜水艦の時代も終わるのでしょう。しかし、我々は違います」
「世界中に撒かれるのだろうよ」
「風力よし! 射出全てよし!」
円筒は格納庫らしく空気式射出機と直結した。特製の空気式射出機は大重量の水偵を余裕を持って飛ばす。その射出機の上には特殊水偵の『白鳥』が固定された。その名称は輸送機や観測機に寄らせる。諜報の対象から逃れることに期待したが秘めたる性能はまさに究極的だ。
液冷エンジン1800馬力にスーパーチャージャー、軽量化を尽くした機体、フラップ兼ダイブブレーキ、ジャイロ装置、フロート格納機構、折り畳み主翼など豪勢を極める。白鳥を作るだけで高速爆撃機を買える程の非合理的が呈された。このような究極の作戦には非合法的が適切という。
パイロットとボマーは一人二役だ。彼はベテランの水偵乗りである。藤田信雄中尉が乗り込んだ。本来は内地で教官を務めるはず。彼は零式水観でワイルドキャットやヘルキャット、B-25を撃墜する卓抜された手腕を有した。さらに、以前も米本土爆撃を成功させた経歴がある。この作戦は彼なくして成功はあり得なかった。物は幾らでも用意できるが人は簡単でない。
「お願いします!」
「発進!」
白鳥の液冷エンジンとイ400の大出力空気式射出機の組み合わせだ。500kg爆弾と100kg爆弾を吊架しても優雅に飛び立とう。本当に白鳥が翼を広げているようだ。これに見惚れている余裕はない。友軍潜水艦が注意を引きつけている間に潜航して回収地点に向かうのだ。母艦が沈んでは元も子もない。
「急速潜航! 取り残されても知らんぞぉ!」
ドタバタと艦内へ戻った。全員が己よりも白鳥のことを案じている。仮に攻撃が失敗しても無事に帰ってきてくれたらだ。潜水艦乗りの中でも水偵乗りは一番の権力を持つ。誰よりも孤独で死地の中で作戦を遂行するのだ。自分達は仲間と一緒だが水偵乗りはたった一人である。
イ400の乗組員の祈りが押すように飛行した。超大国アメリカの首都なだけはあり、なんと煌びやかな大都会が広がっている。帝都とは比較にならなかった。西海岸が空襲を受けていると言うのに東海岸は灯火管制を敷いていない。東海岸には来ないと余裕を見せていた。航空隊が厳重に守っていると主張して市民に安心を施している。あいにく、潜水艦からの発進は防げなかった。
「この先にホワイトハウスがある…」
航法図や写真を見ずとも勘で飛行できる。事前に諜報員が撮影した写真や現地の新聞を頭に叩き込んだ。航海中は暇なため写真と地図を覚えることに専念できる。闇夜の中でも水偵乗りは優れた暗視能力を発揮した。建物を目印に定めて頭の地図と景色を照合して最短距離を採る。
自機はオリーブ色に塗装されて闇夜に溶け込むよう、日の丸の塗装も控えめに施され、仮にバレても報道陣や航空隊の訓練と誤認した。その見た目も日本軍らしくないため識別は難しい。東海岸の市民は日本よりはドイツを恐れていたこともあり、まさか日本軍が来るとは想像すらしておらず、西海岸は大変だなぁ程度にしか思わなかった。
「あった…間違いない。あんな白い建物だ」
白とはよく目立つ。ましてや、世界の中心のホワイトハウスだった。深夜だがライトアップされる。アメリカの偉大さを示す威厳なのだ。白鳥の小さな風防から簡単に見つけられる。やや針路が外れていたが即座に修正した。機首をホワイトハウスに向けて急降下爆撃の姿勢に入る。瑞雲を操縦した経験から急降下爆撃の作法は知っていた。
「高射砲はおろか高射機銃もない。それでよく守れるんだ」
アメリカ人の豪胆に感嘆しながら冷静に爆弾投下のレバーを握る。胴体内部に500kg収束爆弾と主翼下部に100kg陸用爆弾を吊架した。前者はクラスター爆弾の一種で投下して直ぐに母体が分解して子爆弾が撒かれる。後者は一般的な陸用爆弾だが遅延信管でタイムラグを挟んで炸裂した。ホワイトハウスを崩落させることはできない。ショッキングな出来事と記録させるための装備だった。アメリカの自由なジャーナリズムに期待しての装備である。
「投下…」
ダイブブレーキのおかげで十分に減速して照準器と勘を使って投下した。一応はホワイトハウス中央部のドームを狙ったが当たればもうけもの。機体を引き起こすと離脱に移った。燃料に余裕はたっぷりとある。1800馬力のハイパワーと身軽な機体を以て主力戦闘機並みの最高速を発揮した。母艦との合流地点までは数百キロメートルあり、敵戦闘機に捕捉されて逃げ切れない場合は自爆を覚悟したが、サーチライトに照らされることもない。
「任務完了。帰投する。ワレ、ホワイトハウス爆撃、成功セリ」
口ずさみながら夜に溶け込んだ。
続く




