第148話 アメリカ海軍の混乱
ニミッツは渋い顔を崩さなかった。トラック泊地に仕掛けた大作戦は完全なる失敗に終わっている。空母も戦艦も多く沈められて大破以下は数えきれなかった。完敗もいいところ。
「アイオワが大破してスプルーアンスは戦死したか。ハルゼーに見せる顔がない」
「続けても…」
「あぁ…頼んだ」
ニミッツの前には情報部門の者が立っていた。トラックを巡る海戦や付随する戦闘、本国の空襲、日米陸軍限定停戦など情報を整理整頓の上で報告してくれる。まずはトラックの海戦だがレポートにまとめた方がひどい負け方を知れた。
「アイオワ、マサチューセッツ、アラバマが沈没しました。スプルーアンス提督以下は全員が死亡しています。おそらく、敵戦艦ヤマトの主砲弾が直撃しました。どれも砲撃と雷撃を受けて沈んでおります」
「アイオワはヤマトを上回ると聞いたがな。モンタナは無理だ。間に合わん」
「はい。ニュージャージーとミズーリ、ウィスコンシンは総じて大破しました。損害を見るに超高熱に晒されたと…」
「コンゴウクラスが14インチの焼夷弾を撃ってきた。非人道的な行いである」
「まさしく…」
アイオワ級戦艦1番艦のアイオワは大和と激烈な砲撃戦の末に沈んでいる。生存兵が言うには艦橋上部が吹っ飛んだ。指揮系統が丸ごと消失する。主砲も消し飛んで満身創痍のところへ魚雷が撃ち込まれた。アイオワ級戦艦は米海軍戦艦の最高傑作のはずが戦術的に敗北を喫している。これを操る兵士と指揮する将校が引き出しきれなかった。スプルーアンスは砲術畑の専門家だが、砲術の天才たるリーほどでなく、ニミッツは後悔に苛まれる。スプルーアンスの遺体は見つかっておらず、18インチ砲弾の破壊力は装甲を引きちぎり、肉体を焼失させるに足りていた。
サウスダコタ級戦艦の3番艦『マサチューセッツ』と4番艦『アラバマ』は雷撃により沈んでいる。日本海軍の酸素魚雷は正に必殺兵器だった。アウトレンジでこそないが遠距離からの雷撃を受けている。スプルーアンスは雷撃の対応を駆逐隊に任せて回避を遅らせてしまった。さらに、各艦の兵士と応急修理も何もかもが稚拙である。そもそもの水雷防御も向上どころか低下していると指摘された。
アイオワ級戦艦2番艦と3番艦、4番艦は総じて大破と認定する。機関部は無事だが艦上構造物はボロボロにされた。主砲は電源を寸断されて動かせず、高射砲と機銃は全損し、各レーダーも失われている。自力航行こそ可能だが、その姿は痛々しく、見ていられなかった。どうやら、敵のコンゴウクラスは14インチ焼夷弾を用いている。なんと非人道的行為だが負けた以上は何も言えなかった。
「本国は何と言っている」
「待てとしか…」
「そうだろうな。そうとしかできん。キングが怒鳴りそうだ」
「…」
「ハワイは丸腰だが地上戦の用意はできている。いつでも来い。その時は悪いが…」
「私もカービンを持ちます」
「私もだ。本国に戻ることは考えていない」
空母部隊の損害は綴りようがない。エセックス級とインディペンデンス級は大半が沈没して大破で済んでも本国へ回航中に敵潜水艦の雷撃を受けた。最近の潜水艦はレーダーから逃れる術を身に着けたようで見つからない。ようやく捕捉しても水中を20ノットで駆けていった。駆逐艦の爆雷はもちろん、ヘッジホッグも当たらない。対潜部隊の裏をかいてきた。
「つい1時間前だ。聞いてくれるか」
「はい」
「私を解任する動きがあるらしい。太平洋で満足な戦果を挙げられなかった。先の戦いが決め手となったらしい」
「そんな! 長官以外に誰が務まるのです!」
「私もそう思う。だが、本国の連中はしびれを切らして入れ替えを予定した。さすがに歯向かえん」
「その時は私も辞めます。情報部門を解体しましょう」
「すまない」
「私と太平洋情報部はニミッツ長官と一蓮托生です。長官を解任する時こそアメリカ海軍の敗北と」
「私はよき部下を持った」
突如として浮上した太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツの解任である。アメリカ海軍が異例のキャリア前倒しを決め、いざ彼を据えたにもかかわらず、連戦連敗を理由にトカゲの尻尾切りだ。ニミッツは地味かもしれないが、情報部門を創設したり、空母艦隊を強引に進めたり、マッカーサーを使って将校をまとめ上げたり、など功績はある。敗北を重ねていることは解任の理由になり得るが、逆に言えば、ニミッツであるが故に耐えることができた。
それでは、アメリカ本国の海軍総司令部では何が起こっているのか。部屋の扉をノックする前から怒声が聞こえてきた。現在のアメリカ海軍のトップはアーネスト・キング大将である。その肩書は合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長と大層に聞こえた。実務自体はフレデリック・ホーン中将に任せて自身は陸軍と大統領も含めた戦略規模の調整に割いている。あまりの多忙に苛烈な性格に磨きがかかって怒声が飛ぶことは日常と化した。
「いったい、何をしている! ここでニミッツを解任するだと!」
「ルーズベルト大統領が決められたことです。陸軍も同意しています」
「陸軍はどうでもよい。誰の差し金だ」
「言うまでもありません。ノックスの残党とスタークですよ」
「奴か…」
キングはニミッツ解任を主導するどころか寝耳に水で知らされた立場である。人事が自分を超えて行われていることに不義理と不条理を覚えた。ルーズベルト大統領が人事の刷新を進めることは構わない。海軍の頭脳に関わる内容を事前の相談なく、特に嫌いな人物だけに通し、陸軍も抱き込んでいること、これらに嫌悪感を剝き出しにした。
「大統領は対日戦をどうでもよいと言っているのか?」
「そこまでは言っていません…」
「フォレスタルも動いているでしょう。彼は根っからのニミッツ嫌いです」
「くそ…敵を作りすぎたか。経済屋が口を出すな」
「いかがなさいますか」
「大統領に直談判するしかない。私が直接出向くからコンタクトを取れるか」
「直ちに」
「要件は適当につけておけ。至急だとな」
「はい」
客観的に見ることができればである。アメリカ海軍の敗北は内紛に依ると指摘できた。日本もアメリカ、国家も人種も問わず内輪揉めは起こる。キングは急ぎの要件と偽って直談判に出向いた。その立場から大統領と会うこと自体は容易い。急ぎと言えば多忙の中でも時間を割いてくれた。対日戦は特に海軍がなければ戦えないため無理にでもねじ込む。怒りの感情から身だしなみが崩れていたため、手際よく直し、いざ出撃と言うタイミングだった。
「いつ来ているんだ! ノックはしろ!」
「それよりもご報告いたします! サンフランシスコ、サンディエゴ、ロサンゼルスが爆撃を受けました! サンフランシスコは海軍基地の被害が甚大! 」
「シアトルに続いてか…」
「ちょうどいい。陸軍の不備を叩きつけてやる。本土防空は停戦の対象外らしい」
「お気を付けて…」
ホワイトハウスにいるようだが閣僚と会議中と返答がくる。会議が終わってからにしてほしいと返されるが構うものかと歩き始めた。すでに時は深夜2時である。深夜でも戦闘は行われた。最前線の兵士のことを思えば寝るに寝れない。大統領と閣僚も同様で刻一刻と変わる状況に対応すべく睡眠を細切れにした。ホワイトハウスまで車を手配する。さすがに夜道を生身の身体で歩くのは怖かった。どこに諜報員や雇われがいるか恐れている。
「なんだ? どうした。何をしている」
「あ、いえ。失礼いたしました。何か聞こえないかと思いまして…」
「ふん…言われてみればそうだな。どこかのマスコミが飛行機を飛ばしているのか」
「陸軍は何をしているのか」
「本当にそうだ。あの無能どもめ」
自動車に乗ってホワイトハウスへ向かった。
その道で衝撃的な光景を目の当たりにする。
「航空機がホワイトハウスへ急降下! 何かを落とした!?」
「急降下爆撃だ! 敵機がワシントンまで来たのだ! 制限を無視して走れ!」
続く




