第147話 I shall return
8月のうだる暑さから解放されたが今度は比較的に寒冷な大地で過ごしている。ダグラス・マッカーサーとジョン・F・ケネディの両名は日米陸軍限定停戦協定によりオーストラリア経由で本国に帰国を目指した。オーストラリアまでは中立国のスウェーデン籍の旅客船に同じ捕虜と一緒に向かう。オーストラリアからアメリカまではれっきとした病院船に乗り込むはずだ。あいにく、アメリカの病院船は移動中である。数日ほどの待ち惚けを受けた。オーストラリア政府は一定期間の滞留を認めたが自由に動くことは許さずに事実上の拘留状態に置かれている。
「よく復旧したな。開拓精神は終わっていない」
したがって、マッカーサーとケネディら一行はケアンズに閉じ込められた。ケアンズは日本軍の猛烈な空襲と上陸作戦を受ける。日豪停戦後は懸命の復旧作業が行われて必要最低限のインフラは復活した。まだ全面復旧ではないため市民は避難生活を続ける。
「アイシャルリターン…叶わずに終わった。もう私が出る幕は無いとでも思ったか!」
パイプは頑なに手放さないが拳を思い切り叩きつけた。マッカーサーはフィリピン脱出を決行した際に日本軍特殊部隊に捕まる。日本の大地で不本意な軟禁生活を送った。石原莞爾など軍人と面会し、東京の都会や地方の田舎を見て回り、日本と言う国を知る。意外と自由度の高い日々で充実したが、アメリカに帰国して対日戦の指揮を執る気持ちは変わらず、日米陸軍停戦なんて受け入れられなかった。
「政治だな。政治の舞台に移る。ルーズベルトよ…震えて待つがいい」
「聞かなかったことにします。マッカーサー大将…いえ、マッカーサー元帥」
「これは恥ずかしい姿をお見せした。すまないね」
「いえ、お気になさらず。私の父も同様ですから」
「そうだ、そうだ。君も手伝ってくれたら大臣に登用しよう。ぜひ、応援してくれたまえ」
「はい。お願いします」
アメリカの本国にマッカーサーの舞台があるのか疑問視することはタブーたる。彼はとうに軍隊を超えて政治を睨んでいた。政界進出から大統領を目指す。軍人の経歴をもう少し積みたいが、本国に戻り次第にヨーロッパ戦線の指揮を執ってよく、ドイツを降伏させた後の統治も担った。これで十分すぎる程の経歴を積んでから大統領選挙に挑む。
現在の大統領は安心と信頼のルーズベルトだが、戦時中の特例を理由に選挙を一時停止しており、共和党や身内の民主党から批判が相次いだ。日本の工作もあって対日戦早期集結が望まれて「大義なき戦争」と言われる。さらに、共和党はアルフレッド・ランドンを再び立て始めた。ルーズベルト大統領危うし。ここでマッカーサーがバックアップに入ることも考えられた。
しかし、マッカーサーの前にケネディが立ち塞がる。ケネディは遥かに若者で政界に出るには些か早いように思われた。魚雷艇部隊を率いてゲリラ戦を展開したなど適当な経歴を作れば議員の当選は確実を見込む。要職から大統領への道は難しく着実にキャリアを積み重ねるべきだ。アメリカ本国の海軍にはケネディ一家から圧力が加えられた。
「元帥はどのようにお考えですか」
「対日戦か? やむを得ないとは思っているが稚拙が過ぎる。私が戻ることができていればと悔やんで仕方がなかった」
「私は早期終結と友好関係の再構築が最善と信じています。日本が自ら暴走したように仰ります。実際は我々のアメリカ合衆国が仕掛けたことも否定できません。ドイツとイタリアはファシストですが、日本は明確にファシストと指定することは難しく、天皇の下で民主的な政治体制が構築されました」
「確かに、民主主義と自由主義のテコ入れは必要だがドイツとイタリアに比べれば柔軟だろう。しかし、偉大なるアメリカに歯向かった。そして、アジアのアジアによるアジアのための政治と言い張る。傲慢だ。極東の島国ごときがな」
「はたして、そうでしょうか。アメリカひいてはヨーロッパが傲慢だった。そうみることもできます」
「君に愛国心はないのかね?」
「もちろん、あります。虚栄を負うような心は持ち合わせておりません」
マッカーサーと対照的にケネディは士官のため待遇は別個とされる。強制収用所に送られるところで神の手が差し込また。神の手によって強制労働から逃れる。今度は一転して古くからの友人のように接してくれ、絶好機と認識して彼は日本の文化に触れたり、庶民の生活を知ったり、日本を知ることに徹した。
自分が捕虜となった時から日本軍は優しい。魚雷艇はバラバラに砕け散って冷たいに海に放り込まれた。駆逐艦が直ちに救助に来てくれ、艦内で応急的な治療と食事をとることができ、近場の基地でも勇敢な戦士と称えられる。そのような日々を過ごして日米戦の大義を疑い、極東の島国風情と侮ることなく、一つの大国と認めてアジアの自主自立を考え始めた。そうして、帰国後は父親を介して働きかけようと決意する。
「まぁ、君は若いんだ。他者に流されることもあるだろう。頑張りなさい」
マッカーサーは若さゆえの流動性と軽んじた。パイプを吸っては白煙を吐いている。ケネディは目の前のサングラス姿の男を哀れに思った。野心家は特段悪い事でないが取り扱いを誤ると自分を失う。
「迎えはいつ来るのだね? なんなら、私が掛け合おう」
「はい。聞いてきます」
この場から離れたい気持ちが存在した。米豪連絡の担当者に問い合わせる。そそくさと退散した。アメリカからオーストラリアまでは相応に離れよう。日本軍の潜水艦が遊弋した。したがって、日本軍に病院船を強く主張しながら確実に進まざるを得ない。国際法以前に傷病者を乗せた非武装の船舶を攻撃することは軍人の不名誉が極まれた。
「あぁ、ケネディさん。どうしましたか」
「マッカーサーが迎えはまだかとうるさくてね。嘘でもいいから、何かないかな」
「そうですね。直近の連絡では明後日の到着予定ですが…」
「明後日か…」
「実はうちと同じくアメリカも苦しいのです。海域封鎖はもちろん物資が届かない」
「そんなことが?」
「えぇ。聞いてないんですか?」
「はい。何も」
担当者はバサッと新聞を放り投げる。乱雑な振る舞いにイラっとするが懸命に耐えた。オーストラリア英語で書かれているが基本は共通するため難なく読破する。いいや、読破するよりも早く内容は把握できた。なぜなら、一面の写真に瓦礫の山と化した大地が掲載される。表題にもある通り、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴの三都市が空襲を受けた。市街地よりかは港湾施設や海軍基地といった軍関係が集中的に破壊される。橋が崩落したことで交通がマヒした。市街地にも爆弾が流れて民間人に死傷者が出る。あまりの事実に両目を丸くした。
「うちもやられたよ。日本軍は容赦がない。政府がうだうだしているからこうなるんだ。だからよ。悪いことは言わない。早めに終わらせるんだな」
「わかった。ありがとう。明後日だな。そのまま伝えるよ」
「はいはい」
新聞は渡さない方がよいと思って敢えて握りつぶす。ついに日本軍のアメリカ本土攻撃が実現した。最も恐れていた事態が発生している。これで市民は混乱して政府と軍隊の批判が沸き上がった。兵士の父母会も参加して西海岸規模の反戦活動に繋がって政権が揺らぐ。もちろん、いくらでも抑え込むことはできるが、報道の自由が発達した中では悪手だ。
「すぐに父と連絡をとらなければならない。この戦いを終わらせるために」
ジョン・F・ケネディの政治人生にあまりに大きな第一歩である。
続く




