第146話 日米陸軍限定停戦
世にも奇妙な物語
石原莞爾は筋金入りのアメリカ軍のお偉いさんと対面した。
「アレクサンダー・ヴァンデグリフトです。アメリカ軍海兵隊司令官をしております。海兵隊のトップではありますがアメリカ陸軍の総意と受け取っていただいて構いません」
「それは、それは、恐れ入った。私は石原莞爾と言います。日本陸軍の一大将ですが裏の司令官とでも言いましょうか」
「あなたが…イシハラ」
日本とアメリカの影響力を鑑みて対面の場はニュージーランドに設けられる。オセアニア一帯は太平洋戦線に中立を宣言した。実際には日本軍の猛攻を受けて無期限の停戦中である。事実上の離脱と見てよかった。したがって、非公式の会談の場を設けるに最適と言われる。
石原莞爾が赴くことは理解できた。一方でヴァンデクリフトは筋金入りの海兵隊軍人らしい。ソロモンの戦いでは日本軍に苦しめられたものの海兵隊魂と戦った。その苦戦は彼の責任でない。もっと上の上層部と海軍の責任とされた。全てが不足する中で果敢に戦う。海兵隊の闘志はルーズベルト大統領が感状を授与する程に高く評価された。海兵隊司令官に繰り上がり大将昇格は間もなく。
本日は南方反撃に際して現地視察と称してニュージーランドに出向いた。ソロモン諸島自体は解放済みで飛行場の要塞化も完了している。ここから反撃に出たいが、オーストラリアは脱落し、後方拠点も復旧を急いでおり、海軍が大敗を喫した以上は身動きが取れなかった。その中で輸送機を調達して石原莞爾と会うために訪れる。
「さて、単刀直入に申し上げましょう。我々はこれ以上の戦闘を望んでいない。あなたはマッカーサー大将並びにケネディ氏の返還を約束した。その代わりに暫くの陸軍限定停戦を提案している。それに応じさせていただく用意があった」
「よろしいでしょう。準備が整い次第にスウェーデン籍の旅客船で他の捕虜と一緒にお返しします。また、我々の陸軍航空隊は攻撃をやめます。アメリカ本土空襲の狙いから陸軍関連も外します」
「やはり…あなたが」
「それはもちろん。この戦争は私が指揮しているのですよ?」
小柄な日本人だが威圧感は圧倒的だった。ニコリと笑うだけで通訳含めて凍り付く。石原莞爾とは陸軍の軍人に過ぎなかった。クーデター鎮圧から歴史は歪み始めてアメリカ筆頭の連合国は苦しめられる。直近の本土空襲も知っていた。海兵隊の管轄でないが陸軍の軍人以前にアメリカ合衆国市民として恐れる。憎悪を向けることは容易かった。それでは、奴を測ることはできない。この場で分析しなければ対策は練れなかった。
「それと、オーストラリアに入ることを認めていただきたい。オーストラリアに散った兵士の収容を」
「えぇ、えぇ。もちろんです」
「ありがとうございます。オーストラリアに入る兵隊は武装していますが猛獣対策で軽装といたします。貴軍の監視があって問題ございません」
「私とて戦場の礼儀は存じています。三発の銃声で止めましょう。我が方で収容した御遺体と御遺品もお渡しします。これは戦争だからではない。人間の問題だった」
「あなたが物分かりの良い方で本当に助かります。身内の恥を晒すようですが、海軍は頑迷で困る」
「国は違えど事情は似ていますな」
ヴァンデクリフトは米陸軍を代表している。本来は海軍の所属だが、陸軍代表で意味が分からず混乱するが、海兵隊と海軍は事実上の内紛に陥った。かといって、陸軍の所属でもないため宙ぶらりんである。平たく言えば、海軍でも陸軍でもなく、常に最前線に立って死傷するため、米軍を代表するかもしれない。その真意は不明だが、とにかく、陸軍同士の限定的な停戦に合意した。これは日本の石原莞爾が独自ルートから提案している。海軍は一旦置いておき、陸軍だけでも停戦し、無駄な被害を抑えようというわけだ。日本側の勝手な申し出と思われるが、米陸軍はヨーロッパ戦線と太平洋戦線の二正面に苦しみ、若い兵士の消耗が相次いでいる。本国では父母を中心に反戦デモが勃発して太平洋戦線だけでも停戦を求める声が生じた。外交の場でもイギリスとフランスが「いい加減にしろ」と怒る。ソ連にドイツが奪われることを危惧した。もはや、対日戦に大義はないと態度を変える。
石原莞爾はマッカーサー大将とケネディ氏の帰国を追加した。
マッカーサー大将は言わずもがなアメリカ陸軍の重鎮だろう。その影響力は圧倒的で捕虜と捕まったと知った時は大変な騒ぎが起こった。軍内では好き嫌いの分かれる人物だが、今のアメリカにはダグラス・マッカーサーが必要と聞かれることも事実であり、ルーズベルト大統領の求心力低下から政界進出もあり得る。マッカーサーのカムバックは大歓迎だ。
ケネディ氏に関しては海軍の軍人だが名家の一員である。将来は父親を追って政治家を確実視されて祖国のために従軍した。ソロモン諸島において魚雷艇部隊を率いたが連絡は途絶して遭難と判定される。安易に戦死とすれば政治に少なからずの影響が出た。そんなケネディ氏は生きているが捕虜となっている。諸般の事情より優先的に帰国が約束された。
「あとは海軍ですが、私は一切関知せず、知りません」
「是非とも、よろしくお願いしますよ」
「本土空襲はやめていただけませんか」
「ルーズベルト大統領が停戦すると言えばよろしい」
「それは極めて難しいことだ」
その他の合意事項にオーストラリアのアメリカ陸軍展開が含まれる。オーストラリアの大地に消えた戦友の回収だ。仮に遺体が残っていなくても、彼らが身に着けていた物品だけでも、祖国で帰りを待つ家族へ戻してあげたい。日米決戦を超えた国際的な不文律に基づいた。三発の空砲で遺体と遺品を回収するための停戦が約束される。どんなに凄惨な戦いだろうと最後の良識は固かった。
ヴァンデクリフトも無用な刺激は避けるため、オーストラリアの猛獣対策の軽装はするが、交戦権は一切認めないと繰り返している。万が一にでも交戦があれば厳しく処罰して制裁も甘受すると言い張った。その気概は石原莞爾も認めるところがあり素直に褒め称えて「敵でなければ」と笑う。ヴァンデクリフト自身も石原莞爾を仇敵だが戦友と紙一重だった。
アメリカ本土空襲を止めるお願いは突っぱね返される。石原莞爾に「君たちが阻止することが常識ではないのかね」と正論をぶつけられた。確かにその通りでぐうの音も出ない。本土防空を担う航空隊の技量や機材に日米の差を感じざるを得なかった。このままではという焦燥感が否めない。ドイツに続いてジェット機を送り出した。仮に新型戦略爆撃機が完成して逆に空襲を行っても、バタバタと叩き落されるだけ、もしかしたら、今度はジェットの超大型爆撃機が出現するかもしれない。そうなる前に敗北に近かろうと終わらせなければならなかった。
「ここから先は互いの部下に詰めさせましょう。我々は道化なのです」
「ほう?」
「どうです。 ラムと一緒にビールでも?」
「この昼からか?」
「昼から飲むのが美味い」
「よろしい…乗った」
「それでは参ろう」
この時ばかりは互いの兵士が真顔を見合わせる。戦場に現場単位の友情が芽生えることは一般的だ。まさか、高級将校同士が非公式の会談に生み出すとは考えられない。日本の冗談でもなく、アメリカのジョークでもなく、二人が敵同士でなければ、それは違った未来が待っていたに違いなかった。誰が両国を衝突に差し向けたのか一考の余地がある。
ニュージーランド現地政府の案内で二人は昼飲みの酒場へ向かった。ニュージーランドからすれば良い迷惑だろう。いいや、非公式の会談と雖も外交の舞台として実績を重ねていけば中立の緩衝地帯と活路を見出せた。中小国のため大国に振り回されがちだが、その大国が利用する場となれば意見を通し易く、それとなくお願いを伝えることができる。対日では自国製品の輸出ルート開拓を約束した。
「本当に停戦になったら銀座のライオンに案内しよう」
「それは楽しみだ」
続く




