第145話 遅すぎたのか早すぎたのか
日本海軍において最も評価が難しい兵器が信濃型航空母艦である。彼女は大和型戦艦の二番艦と三番艦で用意された資材などを基に空母へ変わった。世界最大の戦艦を空母に変える試みは博打に等しくて反発も強い。なぜなら、本土も満州も造船所が空いておらず、戦時中に修理したい戦艦と空母もあり、無駄ではないかと言われた。大和型が収まる船渠はどの艦艇も収まるのだから空けておきたい。
しかし、空母の消耗や戦後世界を見据えて建造はコツコツと進められた。トラック海戦まで空母の損耗が少なかったことが幸いしている。船渠の圧迫は避けられた。超大型のため時間を要する。熟練工を以てしても工期短縮は難しかった。下手に粗製されては困る以上はじっくりと仕上げる。したがって、戦線に参加できるのはトラック海戦が終わって1944年の秋ごろにずれ込んだ。さらに、習熟訓練を重ねることも追加して1945年初頭になる。つまり、信濃型空母の登場はあまりにも遅すぎた。
「信濃型は無用の長物。その資材は戦車と航空機、小銃に回すべきだった。さすばれ、もっと楽に戦えたはずである。世紀の無駄遣いと言わざるを得ない」
「さようさよう。前線の将兵が何を思うか。是非とも、その頭で考えていただきたい」
「海軍は頑迷で困る。陸軍も同調せずに反発すればよいものを」
自称知識人たちはここぞとばかりに批判してくる。もう完成してしまったが活躍の場はなかった。米空母は大半が修理中か訓練中で動けない。これらが出そろう頃には日米停戦が実現した。戦う相手がいない中で超大型空母を作っては無駄使い極まれり。陸軍に回すことのできる資金や資材の兼ね合いから反発するところ、裏の話し合いより表向きの反対にとどまり、最終的には承認してしまって更なる批判を招いた。
そのようなアホのバカの相手は放置することが正解である。海軍と陸軍が調整を重ねて建造したことに理由がないわけが無かった。表面ばかり見て裏側を見ない者は愚か者と一刀両断して現場を視察する。ちょうどよく内地に戻ったばかりの山本五十六は信濃のメタルな飛行甲板に立っていた。
「見る限り新兵ばかりだが」
「それは長官がお決めになられたことです」
「あぁ、これだけの空母ならば事故を起こさない。この信濃で慣れて他の空母に移る。さらに新しい兵士達を鍛えあげていく好循環が生まれた。ジェットの艦載機も飛ばしやすい」
「ほぼ訓練用です。実戦向けは改めて作りましょう。オーストラリアと保障条約を締結して全面的な撤退と制裁を解除する代償に安定的な資源輸出を認めさせました。平和にさえなれば幾らでも造れます」
「長官! 早いですよ! 仰っていただければ案内しました!」
「私はもう長官でないよ。古賀には引き籠っていろと言われた身だからな」
信濃型の排水量は約7万トンを叩き出す。大和型戦艦を凌駕する勢いだ。全長は約300メートルに全幅は約80メートルである。全長は大和のため仕方がないとして全幅がおかしくないか聞かれた。これは飛行甲板に世界で初めてアングルド・デッキを作用している。従来型の弱点である発艦と着艦のどちらかしか行えないを解決した。元々はイギリスで考案される。情報を入手して信濃型に反映してみると、高い効率性が見込めたため、軽空母を除いて信濃型以降の正規空母に採用が決まった。したがって、飛行甲板は直線と別に斜め方向に出っ張る格好となる。最大の幅が通常の飛行甲板の倍近い数値となるが安定性は研究の上で確保した。
さらに、最新型の蒸気式カタパルトを艦前部2基とアングルドデッキ1基を備える。出力が不安定など課題は尽きないが、油圧式と比べてハイパワーであり、火薬式よりも安全に射出できた。これからは大型で大重量のジェット機の時代が訪れる。カタパルトは必須なのだ。きちんとジェット機用の安全板も用意されている。RATOを使用した場合は合成風力なくとも発艦できる設計も野心的が否めなかった。
つまり、信濃型空母の意味は実戦用ではなく試験用が濃くある。その証拠と兵士は敢えて経験の浅い新兵や訓練兵が多かった。信濃で学んで経験を積んでもらい、他の空母では主力を張り、教官として次世代の育成に励んでもらう。これだけの巨体であれば事故の恐れはなかった。実際に訓練用に実寸大どころか巨大な兵器を制作して教育に用いることは米軍が行っている。超大型の小銃を制作して新兵に分かり易くする試みは大成功を収めた。余談だが、超大型で訓練用だが射撃できる程に精密である。もちろん、小銃と空母では違い過ぎるが共通することも排せなかった。
「私の出る幕はない。大臣になる気もないしな。隠遁だよ」
「ご戯れを仰います。長官は必要です」
「源田に言われては揺らぐな」
「そうでしょう、そうでしょう」
どうやら源田実も一枚噛んでいる。日本海軍きっての変人だがT部隊創設と基地航空隊増強、ジェット機推進など功績は数多も存在した。前線の兵士からは嫌われている。己の憎まれ役を承知して勝利のために頭脳を働かせた。信濃に関してはジェット機運用に関わる。現時点の搭載機は新型艦戦と新型艦攻であり、ジェット艦載機はもう少し先を予定した。
「米内さんから信濃でパナマまで行かないかと言われた」
「パナマ運河ですな。あれを壊せば王手に次ぐ王手で詰ませることができます。しかし、ハワイを超えて向かうに支障が多すぎ、万が一に損傷でもすれば」
「あの源田でも及び腰か」
「はい。素直に認めます」
「まぁ、米内さんも陽動程度で良いと言っていた。本当に攻撃はせん」
「あの、ベラベラと喋ってよいのでしょうか」
「言っているだろう? 陽動だと」
「はぁ?」
高知県の沖合で訓練に励んでいる。内地とはいえ作戦を明かしては情報漏洩どころでなかった。山本五十六と源田実は参謀の心配をよそに話し続ける。ここまで話していると何か意図があるんだと割り切った。敵を騙すためには味方からとは有名な話である。首を深く突っ込むことなく新兵がランニングしている様子を眺めていた。基礎的な体力のない者に軍艦を動かす資格はない。ただ立っていることも暇だった。やや離れた位置に立って周囲を見回すと高知の自然が見える。いかにも眼に良さそうな緑を守ることができた。胸を張りたいが謙遜が覆い尽くす。
「傷の治りが悪い。年齢かな」
彼の腕には痛々しい傷が走っていた。大和が被弾した際にガラスの破片が山本に向かった際に咄嗟の判断で庇っている。腕にグサッと刺さり動脈が切れて針で縫う程の大怪我を負った。今は傷が埋まったが痕がクッキリと残ってしまう。自分が若くないことを否が応でも理解させられた。そして、ランニングを終えて息を切らしている若人たちが無駄に命を散らさない世の中を希望する。
「おい、何を突っ立っている」
「はい! 申し訳ございません」
「間宮から羊羹が届けられた。一緒に食べようじゃないか」
「お供させていただきます」
「源田もだ。こい」
「是非とも」
ひょっとしたら、もう出撃することはないかもしれず、そんな希望を抱きながら艦内へ戻った。海軍軍人で嫌いな者がいない給糧艦間宮印の羊羹が配達されている。静岡県産の玉露を淹れてお茶会を開いた。その会場が信濃とは豪勢極まりない。大和ホテルに次いで信濃旅館だった。艦内をスタスタと歩いていると見習いらしい士官が寄って来る。無礼と叱責すべく前に出た。
「ご報告いたします! 潜水艦が損傷した敵空母を雷撃! これを撃沈しました! 詳細を…」
「早く言わんかぁ!」
続く




