第144話 ロスアラモスまで飛ぶには
中島航空機の本社兼工場は富嶽のシアトル爆撃成功に沸き上がった。すかさず、軍から追加の要求が入って青ざめる。正規量産型の量産を開始したばかりで各部の改良に努めていた。さらに、輸送機型の製造も開始して工場はフル稼働して止まらない。その中で追加要求は勘弁してほしいがエンジニアの魂に火が付いた。
「往復2万キロメートル…いったい、どこへ飛ぶつもりですか」
「目標は明かせないらしいが、世界を終わらせることができ、世界終末戦争を引き起こす兵器の研究所が内陸部にあり、大量の爆弾を抱えて日本とアメリカを往復する」
「なるほど。それを潰すために足が必要なんですね…」
「エンジンの制限を取り払えば伸ばせますが使い捨てになります。ジェットを追加しても…」
「やれることは何でもやろう」
富嶽の生産体制は中島社工場を中心にするが各社の協力を賜り効率化を図る。満州飛行機でも製造が始まって月産30機を目指した。現在は中島で月産5機と満州で月産10機が限界である。いくらなんでも規格外の巨人機でノウハウの少ないことだ。少しずつ伸ばしていこう。
この中で突き付けられた要求が日本とアメリカを無補給横断だ。具体的には航続距離2万キロメートルの確保といってくる。あまりにも酷な要求で軍に対して「無理」と返答した。アリューシャン経由に妥協してくれたが厳しいことに変わりない。作戦は教えてくれないが、アメリカ合衆国の内陸部の秘密研究所を爆撃し、日本はおろか世界を終わらせる兵器を断つようだ。
そうと知ればプライベートを捨てて大規模な改修を開始しよう。軍は極少数で構わないと言ってくれたことが幸いだ。秘密研究所全体を破壊するのではなく重要区画を精密に破壊する。すでに無線誘導爆弾を確立して機体が揃えばすぐに実行できた。
「栄寿の改良は尽きている。やりようがない」
「落下式増槽を主翼に埋め込むぐらい」
「ジェットも追加しても焼け石に水か…」
「また種子島さんに聞いてきます」
「うん。こういう時は外部に助けを求めよう」
「自分は中川さんに」
「頼んだ。俺は主翼と胴体を詰める」
三人寄れば文殊の知恵と言うが見知ったメンバーだけでは出てこない。外部の人間に助力を求めることも必要だ。殻に籠っている限りは破ることはできない。外から叩いてもらうことで破ることができた。エンジン担当は自社の天才と調整する。もう一人は外部として軍人を頼った。
すぐにコンタクトを取ると出張で寄る予定らしく時間を割いてくれる。軍人としてはスマートなため大いに助かった。軍人は無駄なプライド意識から取り合ってくれない。しかし、富嶽に関する計画に参加した者は海外に留学や勤務など国際色に富んだ。したがって、海外のスマートが身に染みている。
「目のクマがすごいぞ…大丈夫か」
「心配かけてすいません。一応は大丈夫です。上手い飯を食べていますから」
「そうじゃなくて寝れているかだ」
「寝れてはいませんね。夜通しで研究してます」
種子島少佐が出張の予定を早めて来てくれた。日本においてジェットエンジンの第一人者と知られる。ドイツから資料を入手したり、諜報員と連携して非合法的に図面を得たり、日本のジェットエンジン研究を加速させた。実は日本の研究自体は世界的にも進んでいる。ドイツに続いてジェット機を運用させることに成功した。ジェット攻撃機は島嶼部防衛の切り札と変わる。
富嶽では高高度における高速性確保と航続距離延伸にジェットエンジンの追加を予定した。ジェットエンジンの燃料はターボプロップと異なるため共食いしない。ロケットは燃費が悪すぎるためジェットが好ましかった。現在は従来型のネ20シリーズことターボジェットを使用している。これの改良型を富嶽に追加する予定が組まれて主翼設計の見直しが行われた。
「私も話は聞いている。アメリカと往復爆撃のためにジェットを使いたいのだろう? あいにく、ターボジェットでは高い効果が見込めなかった」
「ターボジェットでは?」
「そうだ。イギリスの特許から着想を得てな。ターボファンならぬ新型が浮上してきた」
「ターボファン?」
「まぁ、これを見て欲しい。今日は見せるために来たぐらいなんだ」
種子島少佐はニヤニヤしながら図面を取り出して机の上に広げる。エンジン担当を自覚しているが見たことのないものだ。ターボジェットと似ているが内部に羽根が追加されている。ターボプロップとも違うようだ。まったく新しいジェットエンジンを知る。やはり外部に助けを求めて正解だった。
「簡単に言えば、ターボジェットを基にファンを追加し、ターボプロップの羽根を小型化して内蔵し、二つのあいのこかもしれないな」
「はぁ、なるほど」
「これの利点は燃費が良い事だ。ターボプロップは低速域に強いが中速域と高速域に優れている。ターボジェットよりは弱いが十分な数値を出せるはずだ。すでにターボジェットとターボプロップを実用化している。作ること自体は可能だと思うが…」
「いただいても?」
「もちろんだ。複写は済んでいる」
「ありがとうございます」
それは戦後の航空機産業を支配する。ターボファンエンジンの初期案だった。詳細は省略するが、端的に言えばターボジェットとターボプロップの中間に位置し、そこそこの低燃費とそこそこの速力を発揮できる。したがって、富嶽のような超長距離を中速ないし高速で飛行する機体にピッタリだった。
「もちろん、これで届くわけもない。私にできるのはこれぐらいだ」
「いえ、ありがとうございます。何とかなります」
「あぁ。何とかしてくれよ。何か欲しものがあれば言ってくれ。私で用意する」
「何から何まですいません」
「代価は接待で頼むよ」
「はい。ご用意させていただきます」
早速と共有しようと行動を始めるが、ジェットエンジン関連は中島担当でなく、各社と帝立大学の連携である。大日本帝国の技術の粋が集められた叡智ならば半年もあれば作れるはずだ。半年もかかるのかと突っ込まれそうだが、限界なため納得してもらうしかなく、時間稼ぎは軍人の仕事であると突っぱねる。新聞で得た情報によるとトラック海戦に大勝利して米軍の主力は行動不能と聞いた。半年は短いようで長いため間に合わせられる。
「これなら行ける!」
(あいつ機嫌良いな)
(こっちは苦労しているのに)
ホクホク顔で歩いていると正面から恰幅の良い男性が歩いて来た。同僚たちがサッと道を譲るが「余計なことはせんでいい」と自ら断っている。あの人物こそ中島知久平だ。現在は会長職で政界進出に挑戦しており、臨時の軍需大臣を務めており、航空機の調整に励んでいる。中島知久平なくして日本の勝利はあり得なかった。
「どうした? そんなに機嫌が良い」
「あ、失礼いたしました。種子島さんから良案を頂いたので」
「ほう、そうか。彼は本当に頑張っている。もちろん、諸君らも同様だ。励んでくれたまえ」
「はい」
挨拶に次ぐ会話も手短に済ませて持ち場に戻る。会長として巡回に訪れているらしいが余計な口は挟まなかった。社員に自由にさせる。その気風こそ成長できる環境と公言していた。実際に中島は風通しの良い会社で先輩と後輩、上司と部下は問わず、あだ名で呼び合うなど仲が良い。しかし、一度でもぶつかれば忖度の無い本音を投げ合った。大喧嘩に発展することもある。それは日本の航空機の発展を心から願っている証拠だった。
「名案が出ました! これなら行けますよ! ターボファンに勝機ありです!」
続く




