第142話 歴史的快挙 米本土爆撃
富嶽隊は北海道を発して一路とアメリカのシアトルを目指した。彼らの標的はシアトルに本社工場を置くボーイング社である。ボーイング社は新型重爆撃機を開発中で日本本土を射程に収めると聞いた。富嶽が登場したからと言ってウカウカしていられない。工場を破壊して開発に大幅な遅延を強いるのだ。
「まもなく、高度1万です」
「各員気を付けろ。グッとくるからな」
「噂のジェット気流…お願いしますよ」
シアトルまでは単純計算の時点で約6700kmも離れている。太平洋を横断するのだから相応の距離があった。さらに、爆撃して往復することを考えると約1万5000kmという空前絶後である。さすがに燃料が持たないため帰投時はアリューシャンの基地を経由する予定だ。しかし、もっと節約するために高度1万メートルのジェット気流を活用する。
日本の気象技術は世界一だ。ジェット気流の存在は各国で認識されていたる。しかし、大真面目に観測して研究することはなく、日本はいち早く気づくと、風船兵器で活用を始めた。風船兵器はジェット気流に乗ってアメリカに着弾する。この力があれば航空機は追い風と有効活用できるはずだ。実際に長距離偵察機が飛行して効果を確かめている。
富嶽の巨体ならば安定して飛行できた。いざ上がってみると「グン!」と押され始める。操縦手は操縦桿を握り込んで安定を維持した。自動や補助の操縦装置もあるが自然の脅威は侮れない。座席に背中を預けても押し付けられる感覚で驚いた。
「すごい。これなら節約できる」
「どうしましょうか。このままでは早朝どころでなくなります」
「ふむ。出力を下げて節約しつつ、早朝に着けるよう計算してくれ」
「はい。お任せください。鉛筆と紙さえあれば」
「航法は電子に預けられんからな」
「何か仰いましたか?」
「お前は逆探を見ていろ。アラスカの基地に捉えられたくない」
富嶽は大半を爆弾倉が占めて搭乗員の区画は少ない。ぎっしりと詰め込まれた。搭乗員は12名で中枢部は少数精鋭が揃っている。機長と操縦手、航法手、電探手など各員が専門技術を駆使した。最新の装置を満載して「空中戦艦」と呼ばれるに相応しい。しかし、最終的には熟練者の鉛筆と紙を用いた計算が決定した。
彼らはアリューシャン列島を超えてアラスカを跨いでシアトルに向かう。アラスカは米軍基地が設けられた。地上にはレーダーサイトが設けられて哨戒機も飛行している。これに捕捉されては後々が面倒だった。高度1万まで届くとは考えづらい。万が一に備えて逆探から目を離さなかった。簡易的な警報装置だが極めて優秀である。
「20tの爆弾が5機で100tだ。これをぶつける。佐野は休んでいても良いぞ」
「いえ、照準器の調整をしますので」
「対地電探連動だろう。そこまで気にしなくても」
「光学的な照準です。自分はどちらでも対応できるように」
「そうか。頑張り過ぎるなよ」
「はい」
シアトルまでは早朝奇襲もあって最低1日を要した。ずっと起きっ放しも身体を蝕むため交代制で勤務する。二式大艇を参考に簡易寝台が設けられた。空中で横になることは変な感覚だが意外となれるもの。座席で眠ることに比べて腰を痛めずに安眠できた。眠気飛ばしの薬を支給されているが副作用が強烈のため正直言って使いたくない。
「機銃は動くか! 人力で動かせるようにな!」
「バッチリです! こりゃ便利で堪りません!」
「よろしい! いつ敵機が上がって来るかわからん! すまんが頼むぞ!」
「はーい!」
機体の全身の張り巡らされた防護機銃は遠隔操作式で機内に銃手は収まった。しかし、機内はエンジンの音でうるさい。やむなく声を張り上げた。20mmの連装と単装の機銃が睨みを聞かせる。13mmの中口径を採用する案もあったが、最近の米軍機は頑丈でびくともせず、独自進化を遂げた20mmは扱い易かった。したがって、戦闘機も爆撃機も同じ20mm機銃を採用する。ベテランは中口径を志向するがルーキーは少ない機会を確実にすべく大口径を愛用した。
「あと何回飛ぶんだろうな」
機長の声は太平洋のはるか上に消えていく。
富嶽隊5機は予定を一部変更してシアトルに向かった。彼らの想像以上にジェット気流が強烈で調整を入れる。自然は常に変化するため事前の気象観測はあてにならなかった。さらに、日没から夜になると飛行は慎重に磨きをかける。航法手が星の位置を頼りに自機の座標を割り出した。操縦手と相談の上で逐次修正を挟んで職人技が光る。
そうして夜も単調に飛行した。機長が心配したアラスカのレーダーは逃れることに成功する。電波欺瞞紙を詰んでいるが消費せずに済んだ。シアトルに差し掛かるあたりで投下できる。アラスカさえ通過してしまえばシアトルは目と鼻の先だ。カナダに面する海を沿うように機体を滑らせる。
そして、ついに見えて来た。
「あれはカナダのバンクーバーです。シアトルまでは約200kmのところ」
「よし、総員戦闘配置だ。電波欺瞞紙投下開始せよ」
「電波欺瞞紙出します」
バンクーバーを目印に電波欺瞞紙を撒き始めた。これで早期警戒を含めた各種レーダーを麻痺させることができる。このための特製品だ。高高度から投下しても崩れずに滞空時間も長い。ゆっくりと高度を下げていくが雲が邪魔だった。ラジオを傍受して天気予報から把握できて対策は講じている。
「目視できるか!」
「はい! 町並みが見えます! デカいです!」
「そりゃ天下のボーイング社だからな!」
「工場のはしっきれが消えます!」
「修正しろ!」
光学的にシアトルの町並みを捕捉した。高度6000まで機体を下げるとよくわかる。ボーイング社の本社工場も相応に巨大だ。滑走路の切れ端が見えると針路を修正する。今ごろ空襲警報がなって慌てふためいた。もう遅い。爆弾倉は空気抵抗が少ないように開かれると40発もの500kg陸用爆弾が姿を見せる。これが5機で合計200発もあるのだ。巨大な工場を破壊するには不足気味だが構わない。アメリカに直接攻撃を加えたことが何よりも重要なのだ。
「対地電探連動開始! 操縦爆撃手へ!」
「回しま~す」
「建物に固定した。絨毯爆撃の針路よし。ちょい右へ…ここでいい」
「まぁどこかには当たる。あまり気を背負うな」
「黙っていてください」
「…」
迎撃機が上がってくる前に投下を終えたい。滑走路のようなつまらない物でなく確実に工場の建造物を破壊した。B-29という新型機を始めボーイング社の製品を断たねば帰れない。本土に残した家族が米軍に蹂躙されることは死んでも阻止するんだ。最悪中の最悪であるが帰還が絶望的な場合は研究されることを防ぐことも兼ねて特別攻撃を覚悟する。もっとも、それはそれで、整備員が職人の魂と許さなかった。
「投下ぁ! いけ! いけ! いけ!」
「投下後は速やかに離脱する! 残りのロケットを点火して一気に駆け上がる!」
「敵機いません! 機銃撃っていいですか!」
「ダメに決まっているだろう! 周囲警戒で我慢しろ!」
「は~い!」
風を切る音をあげて大量の500kg陸用爆弾が落下する。これを投下し切って爆弾倉を閉じる頃に地上で爆発が連鎖した。音こそ聞こえないが視覚的に捕捉できる。建物や道路でボンボンと炸裂する様子に笑い声が響いた。しかし、帰るまでは任務である。敵機が上がってこれない高高度まで上昇すべく、離陸時同様にロケットを点火し、ロケットは高度に関係なく最高出力を出すため何かと便利だ。
「正規の量産型ではジェットを詰むらしいがロケットで十分だな」
ロケットの噴煙を残してボーイングのシアトル本社工場は機能不全に陥る。
続く




