第135話 山本五十六突貫す
=大和=
それは空母同士の砲撃戦が始まると同じ時間帯である。
「敵艦隊発見! 戦艦です!」
「詳細を伝えい!」
山本五十六は昼間の空母機動部隊決戦の結果を聞かずに夜戦突入を命じた。というのも、基地航空隊の司令部偵察機と飛行艇が大艦隊を捉えたのである。戦艦6隻と小型空母複数、巡洋艦と駆逐艦多数の陣容だった。敵艦隊の通信頻度からして主力にして中枢たる。したがって、これを潰すことにより勝利を確実にすることができた。今日のために貴重な戦艦も全て連れている。ここで戦わずしてどうするのだ。
「未確認の戦艦4! サウスダコタ級戦艦2!」
「電探通りだが未確認だと?」
「例の対大和型の新鋭戦艦だろう。資料あるか」
「直ちに」
本土や台湾など防衛が疎かになると言う意見も呈される。米軍の分析から「無い」と断言できた。敵軍も本腰を入れている。本土攻撃や台湾攻撃はあり得なかった。トラック島無力化一本と判断する。大博打にして事実上の連合艦隊総出撃を命じた。山本五十六の御自ら旗艦の大和に乗っている。
米軍も山本五十六と連合艦隊が出撃したことは知っているはずだ。なぜなら、敢えて情報を漏らしている。これで相手は考察することが増えて正常な思考と判断を削ぐことに期待できた。実際に空母部隊と戦艦部隊を切り離す愚を犯している。基地航空隊と数個空母機動部隊の飽和攻撃を被った。仮に一塊の大艦隊であれば被害は抑えられただろう。
「アイオワ級戦艦と推定します。大和型戦艦の対抗に加えて空母護衛艦を含めた最新型です。しかし、パナマ運河の大きさがあるため高速戦艦に収まるかと」
「16インチ三連装砲のアメリカ式です。ただ長砲身化と超重徹甲弾による破壊力は侮れません。速力も金剛型に匹敵します」
「ならば大和と長門、陸奥で収えるのみだ。三川は金剛を率いて側面を衝け、二水戦に突撃を認め、航空戦艦は弾着観測だ」
「伝達します」
「まさに総力戦です。戦艦が全て出撃しました。油が減りますな」
「この戦いで決まる。いかにアメリカでも空母と戦艦を沈められては1年は動けない。その間に必勝策が間に合うのだ。これは時間稼ぎである」
山本五十六は罠を敷いていた。米軍が把握している段階では大和を筆頭に長門と陸奥、金剛型四姉妹を連れる。しかし、道中で金剛型四姉妹を分離していた。大和と長門、陸奥の三隻を本隊に定めると、金剛型四姉妹を奇襲用に切り離して大迂回させる。その他に航空戦艦の扶桑型と伊勢型も含めたが、その特異性から小部隊と独立させ、艦載機による夜襲や弾着観測、挺身攻撃と予備の扱いだ。
偵察機が報告した内容と対艦電探の情報、見張り員が認めた内容を照合する。巡洋艦と駆逐艦が減っているのは空襲を受けた結果だ。戦艦は五体満足に近い状態で残っている。真っ向勝負を挑む前に未確認の戦艦という曖昧な内容が引っかかった。その形状や諜報活動の情報からアイオワ級戦艦と推測する。彼らは大和型対抗策と見たが実際は金剛型対策だった。それでも60口径16インチ三連装砲と超重徹甲弾(SHS)の組み合わせから大和の火力に引けを取らない。それでいて30ノットの快足と最新の電子兵装を備えた。
「数で負けております。金剛型が突っ込むまで耐えなければ」
「主席参謀よ耐えるも何もない。我々は勝利するのだ。そのために多少は卑怯な手段も厭わない。電探に移らない刺客を送っておいた」
「刺客ですか? 潜水艦など」
「いや、見ればわかる」
「はぁ…」
米海軍が最新鋭の戦艦を投入してくることは容易に予想できる。大和が対抗するに丁度良いが、長門型は少し厳しく、金剛型は老齢と火力差が著しかった。航空戦艦は以ての外である。そこで、卑怯と言われかねない戦法を採択した。連合艦隊は真正面から正々堂々と戦うが他の部隊がそうとは限らない。
「なんだ! 小型の舟艇が次々と…」
「友軍の大型魚雷艇だ。仮装巡洋艦を母艦に忍ばせていた。トラック島を拠点に構えるが敵艦隊出現に合わせて事前に出発した。魚雷艇母艦から補給を受けながら待機している。それに食らいつかせた」
「なるほど、確かに、卑怯と言われかねません」
「しかし、魚雷艇は限られた場所で真価を発揮し、だだっ広い海では…」
「その通りだ。彼らは捨て駒に等しい故に戦果は見込んでいない。敵艦隊への打撃よりかは陣形を崩すことに価値があるんだ」
「なんと…」
「勘違いするでないぞ。彼らは南洋水軍を自称して自ら志願してのことだ」
どこからともなく、ワラワラと高速魚雷艇が現れると敵艦隊に食らいついた。敵艦隊も魚雷艇に襲われるとは考えていない。夜間もレーダーの目を光らせていたが、高速魚雷艇は極めて小型なため引っかからず、全金属製でも反射は微小で捉えられなかった。戦艦同士の砲撃戦と言う旧時代の戦いを楽しもうとした矢先に奇襲攻撃を受けている。
日本海軍はドイツ海軍のSボートを参考に大型の高速魚雷艇を開発した。米海軍のPTボートも悪くないが遠洋での打撃を重視する。大出力ディーゼルエンジンを開発して航続距離を確保した。それでも遠洋で長期間を行動するには足りない。仮装巡洋艦を魚雷艇母艦に定期的な補給と人員交代により解決した。
しかし、樋端参謀が指摘した通り。魚雷艇は狭隘な地形で威力を発揮した。トラック島近海は大海洋の一部で自慢の機動力を活かせない。敵艦隊が身動きの取れない中を奇襲するところ、だだっ広い海洋で襲い掛かっては威力が半減してしまい、事実として雷撃は命中しなかった。
「今のうちに距離を詰める! 距離2万で砲撃を開始せよ!」
「危険です! 大和の装甲ならばアウトレンジから撃滅できます!」
「いや、確実に仕留める。それに敵の重徹甲弾は距離があって最大値を得るはずだ。近距離の方が防御できる。副砲も動員して投射量を増やす」
「いつでも重巡に移乗できるようにしてください。これが条件です」
「わかった、わかった」
高速魚雷艇が引っ掻き回している間に最大船速で突撃を開始する。戦艦の撃ち合いは遠距離が基本だが敢えて近距離を希望した。大和の46cm砲と長門型の41cm砲に副砲を加えて砲弾投射量を底上げする。金剛型姉妹を別働隊に分離した都合で数的不利の中で最大の戦果を得るためには近距離の殴り合いが好ましかった。
「田中少将の二水戦突貫していきます!」
「武運を祈る。それだけだ」
「島風型駆逐艦5隻のみ、されど、立派な水雷戦隊です」
「田中君なら大丈夫だ。水雷戦は彼にしかできない」
デジャブだろうが常套手段で十八番である。日本海軍の誉れは夜戦の水雷戦なんだ。巡洋艦と駆逐艦が健在であれば突撃させよう。米海軍もレーダーを用いた迎撃により阻止を図り、フレッチャー級駆逐艦の大量建造から防壁を構築し、水雷戦を封殺しようと試みた。日本海軍最強の第二水雷戦隊は甘くない。ソロモン海戦では戦艦部隊を見事に撃退して大勝利を収めた。その代償は大きかったが最後の艦隊型駆逐艦の島風型を受領している。戦時量産設計の防空艦に移行する中で最後の晴れ舞台を飾った。
島風型駆逐艦は艦隊型駆逐艦の究極系と建造されている。主砲は防空も兼ねた10cm連装高角砲だが、水雷戦に特化すべく63cm五連装魚雷発射管4基を有し、酸素魚雷20本を積載した。電探も最新型を搭載して電子戦も対応する。あいにく、対潜水艦と対航空機では不足気味だった。5隻で打ち止めると持て余してしまう。田中少将の二水戦に与えて在庫処分とした。島風型駆逐艦は彼にしか扱い切れないと認めた。
「距離二万三千に迫る!」
「主砲制御は電探と同期を完了。射撃盤に情報送れ」
「了解、連動開始」
射撃指揮所へデータが流れ込むと同時に巨大な主砲旋回機が低い唸り声をあげる。
鋼鉄の巨獣がゆっくりと首を持ち上げた。
「主砲は指定された方位へ旋回中…」
「仰角も指示値まで上昇…」
「まだ撃つな。誤差を修正しろ」
「了解。修正します」
「敵艦主砲旋回中! こちらに向きます!」
「狼狽えるな! どうせ当たらん!」
「敵艦は逃げるつもりはなさそうだ。上等ではないか。やるぞ」
続く




