第127話 志賀の仇討ち
大鳳を飛び立った第一次攻撃隊は真っ直ぐに敵艦隊を目指している。空母9隻と巡洋艦、駆逐艦が多数という情報に身震いした。それは恐れから生じるのではない。今から世紀の大海戦に身を生じることの覚悟から生じた。
「全機へ告ぐ! 絶対に無理するな! 3機で行動しろ! 単独行動は許さんぞ!」
志賀戦闘機隊長は航空無線が発展して尚も旧型時代の慣れから声を張り上げる。その声は爆音となって響き渡った。耳が痛くなりそうだが激烈な空戦中も明瞭と聞こえる。若い兵士が多い中でベテランの指示は精神的な安定を得られた。
「お前たちの陣風は必ずや応えてくれる! 撃墜は狙うな!」
志賀は米軍の戦闘機の恐ろしさを経験から心身に染み込んでいる。グラマンは意外と低速だがグイっと曲がり、急降下してもビクともせず、7.7mmはおろか13mmでも動揺しなかった。敵機の12.7mmのシャワーは至上の脅威と君臨する。実際に南方では名誉の負傷を負わされて数々の仲間が散っていった。最近はグラマンに加えてコルセアやサンダーボルトが出現している。アメリカの国力とは末恐ろしいものだが、日本が負けるわけにいかず、日本らしい合理的を追求して張り合った。
「敵は絶対に待ち伏せている。警戒を怠るな!」
彼の警戒はもっともだが米海軍の防空体制を崩す秘策が展開される。基地航空隊所属の偵察機は一様に電波欺瞞紙を満載した。いわばチャフである。これを敵艦隊周辺にばら撒くことで短時間であるが電探を無力化できた。艦隊防空の航空管制の目を潰してやる。
「雲何一つないことは隠れる場所がない。しかし、それは敵艦隊も同じことだ…」
「敵艦! 敵艦だ!」
「落ち着け! 艦攻隊も把握しているはず! 我々は先行してグラマンを叩く!」
「なんて数だ…多すぎる」
「恐れるな。陣風の前にグラマンは玩具と同じだ。数だけ揃っていても」
今日の天気は晴天を極めた。雲何一つない蒼空に濃緑色の機体が列を為す。航空機のパイロットは概して良好な視力を有した。普段から視力を維持することに努めて実戦では肉眼の捕捉が頼りである。電探ばかりに頼っていられないと一人が敵艦を捕捉した。おそらく、大艦隊の外縁部に位置する駆逐艦か巡洋艦だろう。
艦隊の欠片にもかかわらず数十機のグラマンが飛んでいた。こちらの方が勝っていると言いたいが艦攻隊を引くと同等が精一杯である。若い兵士たちは実戦経験が乏しく陣風の性能に依った。戦闘機隊長として不安は尽きない。勝利のために全力を注ぐだけだ。
「俺たちの後ろには第二次攻撃隊や基地航空隊が連なる! 海中にも味方がいる!」
「は、はい」
「負けておらんのだ! 全機突撃せよ!」
お互いの高度は変わらない。現時点では攻撃隊が先に発見した。やはり、電探を潰されれば早期迎撃は機能しない。その代わりにグラマンを沢山飛ばした。空母9隻の物量は流石の一言に尽きる。トラック島や友軍艦隊の攻撃に割く機数が減った。彼らの空戦が敵軍を苦しめて友軍を救うことになる。
「む、気づいたか。しかし、遅い。小清水! 黒岩! 行くぞ!」
「はい!」
「志賀さんについていきます!」
海軍の空母所属の戦闘機隊は3機で一個小隊を構成した。1機が主たる攻撃を担い、1機が予備の攻撃に控えて、1機が周囲警戒と牽制に従事する。米軍の集団戦法に対抗するために中隊規模で行うこともあった。
濃緑の陣風と淡青のグラマンが衝突する。お互いに初撃は様子見と無理にぶつからずに通過した。米海軍の戦闘機パイロットも若いのか緊張しているよう。相手はゼロファイターでないことに驚いた。零戦対策を携えて仕掛けてくるところ、こちらの様子を窺うように防御の体勢を採っており、カウンターで撃墜すると言わんばかり。
「行くぞ! 黒岩が行け!」
「は、はい! 行きます! あのグラマンをやります!」
「そうだ! 小清水は二番機らしきグラマンの頭を抑えろ! 俺は全体を抑える!」
「わかりました!」
すでに空戦に突入しているため航空無線は阿鼻叫喚の様相を呈した。しかし、陣風の性能に助けられてか被弾しても墜落する機体はない。グラマンも鉄工所の名に恥じない頑丈性から悠々と飛行した。仮に撃墜されても脱出すれば駆逐艦に救助してもらえる。
グラマンの群れに敢えて突っ込んだ。3機の陣風は長槍が如く突き刺さる。2000馬力の誉と二重反転プロペラが生むハイパワーに層流翼の流麗が加わった。零戦にはできなかった突っ込みにグラマンの反応が遅れる。機首の13mm機銃と主翼の20mm機銃が光った。
「外した! ちくしょう!」
「振り返るな! そのまま降下して離脱するんだ! 小清水!」
「抑えてます!」
「よし、あいつは俺がとる! 恨むなよ! 小隊分の戦果だ!」
戦場特有の空気感に手元が狂って照準が僅かにズレてしまう。グラマンの頑丈なところに吸い込まれた。機体から破片を散らせるのみ。米軍機の定石たる急降下で逃げていった。黒岩機は無理に追撃せず離脱するところを他のグラマンが狙うが、それを小清水機がプレッシャーを加えて許さず、急降下で逃げる者を隊長自ら討ちに向かう。
今までならば見逃すしかなかった。陣風の急降下制限は零戦から大幅に引き上げられている。ベテランの矜持と風と重力の影響を計算に入れた。照準器だけで狙うのは素人である。グラマンの頑丈な機体も考慮に含めて機銃を主翼のみに切り替えた。20mm機銃4門が光ると良好な真っすぐの弾道を描いて吸い込まれる。いかに頑丈な機体も大口径機関砲の前には紙も同然だ。当たり所が良ければ耐えられるがベテランの目は鋭い。
「仇じゃないがな…」
「隊長! 被られます!」
「少し離れたか。小清水と黒岩は二機で固まれ! 俺は逃げる!」
「いつでも行けますからね!」
「自分たちを優先しろ!」
実戦では言葉がきつくなりがちだが所々に優しさが見受けられた。一瞬の緩みが命を左右する以上は一切の甘ったれは認められない。志賀機は7機のグラマンに追われていた。なぜ集中的に狙われるかは不明だ。もしかしたら、米軍は無線から隊長格やベテラン格を絞っているかもしれない。それ以前に若い仲間がやられたことに怒っているのだ。
「下手くそだ。うちの若手の方が狙える」
高度を下げ過ぎてもいけない。機体を引き起こした直後に急旋回を行った。主翼にシワが寄ってもおかしくないが何も起こらない。自動空戦フラップのおかげで常に最良を得られた。これは画期的な装置である。ベテランからルーキーまで空戦中に余計なフラップ操作に気を取られずに済んだ。
高速域での急旋回は危険だが熟練の技術で危な気なく、グラマンたちは諦めて一時離脱を図るが、1機だけ無茶に突っ込んでオーバーシュートしてしまう。前に押し出されたことを理解して逃げに入るも急機動が連続すると失速の危機に瀕した。エネルギーを失った瞬間が最も脆弱たる。
「甘い! これは藪田の分だ!」
これを逃さず13mm機銃を叩き込んだ。敵機の風貌へ集中的に投射した。防弾仕様のガラスでも13mmの掃射からみるみるうちに強度を失う。ガラスに大穴があけば忽ち鮮血が噴射した。赤く染まったコックピットは見慣れた光景である。ベテランは弾を温存するために航空機の中でも最も重要でかつ最も脆弱なパイロットを狙った。これが戦争でなければ仇討ちでなければと思う者は誰一人としていない。日米開戦から約3年が経過する頃なんだ。
「しまったな。少し離れすぎたか。逃げれるには逃げれるが」
敵の怒りを買い過ぎたようである。他小隊のグラマンも集結して血眼になって追撃してきた。航空無線を聞いている限りは互角の状況で小清水と黒岩も無事らしい。ここは無理せず逃げに徹するが燃料や疲労の問題が浮上した。敵機が諦めてくれればいいが2機も落とされている。
「うん? あれは…」
「到着が遅れて申し訳ない。烈風が吹き荒れるぞ!」
「あれは烈風!? 三菱の新型か!」
テストパイロットを務めた経歴から新型機に明るかった。基地航空隊所属の戦闘機隊が現場に到着する。これで互角から優勢に持ち込めるはずだ。グラマンにコルセアを追加するならば陣風に烈風を追加するまで。
「小清水! 黒岩! まだやれるな!」
続く




