第126話 やられっ放しでいられるか
~大鳳~
第一機動艦隊はトラック島の後方で待機している。
「トラック島が空襲を受けている。先手は取られたが負けと決まったわけじゃない。そろそろ水偵が補足するはずだ…」
「水偵が敵艦隊を捕捉!」
「詳細を言え!」
トラック島に大規模な攻撃隊が迫っていることは早期警戒機の積雲が知らせた。大鳳はタイムラグを最小限に抑えながらキャッチして即座に水偵を発進させる。通信傍受から一定範囲まで絞り込めた。哨戒機が対艦電探を光らせることで短時間のうちに網を絞る。水偵はリアルタイムで誘導を受けられて最短ルートで索敵に専念できた。これこそ電子技術の勝利である。
水偵は究極たる川西飛行機の『紫雲』が飛び立った。戦闘機並みの2000馬力エンジンと二重反転プロペラ、層流翼の採用と最速の翼を有する。さらに、フロートを収納することで空気抵抗を減らした。水偵とは思えない程の健脚と運動性を叩き出す。自衛を超えて積極的な迎撃を得意とした。仮に敵空母の戦闘機に捕まっても最期まで情報を提供する。
「空母9隻! 重巡洋艦と軽巡洋艦、駆逐艦が多数!」
「戦艦はいないのか?」
「いません!」
「戦艦部隊は分離して艦砲射撃でもする気か? どちらにしても攻撃あるのみだ。攻撃隊発進準備!」
「第一次攻撃隊発進準備! 急げぇ!」
敵空母の大艦隊を発見した。前情報と異なり戦艦が見受けられない。米海軍は高速戦艦を空母の護衛艦に配置すると聞いた。もしかしたら、空母と戦艦を分離して夜間砲撃を考えているかもしれない。一旦は目の前の敵を叩くと攻撃隊を組織した。
この時のために猛訓練を積んでいる。第一次攻撃隊は護衛艦を叩くために艦攻隊は急降下爆撃が与えられた。航空雷撃は昨今の艦隊防空の進化の前に通用し辛い。大阪城の戦いが如く外堀を埋めていった。艦攻隊は爆弾倉に500kg爆弾をしまい込む。主翼に100kg爆弾を追加できたが流石に慎んだ。
「トラック島の状況はわかるか!」
「最新の連絡では損害は軽微で支障なし。航空機はほとんどが上空に退避済みと」
「ならば支援に期待できる。同時攻撃になれば幸いだが…」
大鳳と白鳳は最新鋭の面目躍如と潤沢な設備をフル稼働させる。甲板上で爆弾を積む作業が行えた。短時間で攻撃隊を構成する訓練も相まってあっという間に完了する。大鳳型姉妹に続く翔鶴と瑞鶴はそうもいかなかった。艦戦の護衛機をせっせと発艦させる。当たり前だが艦戦の方が軽量なため直ぐに飛ばすことができた。その時に淡い青色の機影が目に入る。
「敵雷撃機です。偵察に捕まりました」
「いや、トラック島の損害状況の確認だろう。大きく迂回したから遅れてしまった」
「土地勘のない奴ですな」
「すぐに零戦が沈めますよ」
「正体不明の通信らしき電波が!」
「こちらも発見されました」
米海軍の運用する雷撃機とわかった。艦隊直掩にしてトラック島から空中退避と称して派遣された零戦が撃墜する。しかし、敵機は通報を終えた。正体不明の電波を受信した以上は居場所を暴露されたとみてよい。敵艦隊は空母9隻を擁しているため、余剰をぶつけてくる可能性が高いが、これで怯むような角田司令でなかった。
「第一次攻撃隊を発進後に艦隊をトラック島の前面に出す。被害担当ではない。我らの装甲空母だ」
「そうでないと始まりませんな。敵空母への打撃は基地航空隊と山本長官に任せましょう」
「いいや、我々は強欲である。この海戦の結果で太平洋が決する。大鵬型も翔鶴型も戦の船だ。最後は突貫して副砲の砲撃戦を行う」
「第二次攻撃隊の用意! すぐに出すぞ!」
「参謀!」
「構わん。そのつもりだった」
何という攻撃精神だろう。角田司令は第一次攻撃隊の全機発進を完了次第に艦隊をトラック島の前面に押し出すことを決めた。彼我の距離を敢えて縮めることで効率を高めることはもちろん、トラック島ではなく有力な機動部隊にくぎ付けとして損害を減らし、山本大将の連合機動艦隊に猛攻を加えてもらう余裕を設ける。普通は空母の保全を訴えるが攻撃は最大の防御を証明するつもりだ。
「トラック島より連絡! 第一機動艦隊には台南空が配置されます!」
「台南空! 生きていたのか!」
「失礼なことを言うな。ソロモン諸島の英雄だ」
「笹井中隊が来てくれれば百人力です。対空砲が要らないぐらい」
「過度な期待もいけない。我々は助けていただいていることを忘れるな」
二重反転プロペラの勇士たちは一斉に空母を離れる。彼らは帰るべき場所が残っているかわからない中で戦うのだ。せめて収容はできるように救援信号を送ると即座に返答を得る。トラック島かは不明だが緒戦から精鋭と謳われる台湾南航空隊の戦闘機隊が到着予定だ。
台湾南航空隊は台南空と略されている。南太平洋の戦いに参加すると目覚ましい戦果を挙げた。零戦を駆って米軍の戦闘機と爆撃機をバタバタと叩き落す。圧倒的な実力からソロモンの悪魔と恐れられた。ベテランも着実にすり減っていき戦線の縮小方針も加わると再編を経て最終局面に再度配置される。特に空の貴公子こと笹井大尉の中隊は未だに最強格を携えた。彼らはすでに基地を発している。
「各機へ。ソロモンの時に比べて遥かに楽だからと気を緩めてはいけない。今回は目の前の敵機だけでなく眼下の友軍艦隊を守らなければならない。ただ敵機を落とせばよいこともないんだ」
航空無線に貴公子の指示が流れた。緒戦から航空無線を駆使した集団戦法で戦果を挙げている。航空無線も技術の進歩から雑音を減らして明瞭な音声が流れた。これにより急機動の最中でも意思疎通がスムーズに行える。戦力は航空機本体の性能で決まらなかった。
「坂井の小隊に関しては特にだ」
「はて、なんのことかわかりません」
「この前もそうだ。小隊で離脱したかと思えば、帰投中の敵機を墜とし、何食わぬ顔で戻ってきたな?」
「あれは戦略的なものです。何も間違っておりません」
「坂井さんの落穂拾いですよ。片目を失っても変わらないどころか研ぎ澄ました」
「まったく…お前と言うやつは」
台南空の笹井中隊はカロリン諸島プルワット環礁を発して間もない。トラック島の千早城建設に伴う避難所としてプルワット環礁も増強が図られた。トラック島とは約200km離れているが戦闘機にはあっという間の距離に過ぎない。古武士の零戦でもお隣さんに該当した。日本海軍は零戦から川西の神風や三菱の烈風に機種転換を進める。ベテランたちは零戦の扱いに慣れ過ぎて機種転換を拒んで旧型でも零戦と舞うことを希望した。
「六四型に敵なし。坂井さんだけ二一型ですが」
「予備機を引っ張ってきた。仕方ない」
「雑談は終わりだ。敵艦載機が来てもおかしくない。いったんは友軍艦隊の上空を待機する。電探が探知した方へ急行するつもりでいろ」
「了解」
零戦がまだ舞えるために三菱は魔改造を開始する。最終生産型である六四型を投じた。エンジンを同社の金星(水メタノール噴射装置付属)の1700馬力に換装し、単管のジェット排気装置、空戦フラップの改良など至れり尽くせり。武装は機首機銃が使えないため主翼に20mm機銃4門と火力も底上げした。運動性能はそのままに速度性能を引き上げて重武装と変わる。また、燃料タンクは自動消火装置を備えて風防は防弾ガラスを厚くし、搭乗員保護に防弾板を追加して防御力の改善も図られた。これこそ最後の零戦に相応しい。
零戦の後期型は一様に偽装を兼ねた濃緑色に塗装された。現地調達の草木を纏うと航空偵察の目を欺くことができる。太陽光の反射を抑えて位置を主張することもなかった。しかし、一機だけ整備の都合と称して旧型著しいクリーム色の二一型を飛ばしている。彼こそが大空のサムライだ。
「片目が使えないからと甘えるなよ」
「もちろんです。グラマンもコルセアもなんでも」
続く




