第125話 究極のインターセプター
積雲の広範囲にわたる空対空電探が警報を発した。
「敵機らしき大編隊! 数は大量! 100に迫るか、それ以上!」
早期警戒機の面目躍如と緊急の連絡はすぐに届いた。トラック島と周辺の島々に警報が流れると非戦闘員は即座に避難を開始する。戦闘に参加する者は各々の持ち場についた。特に飛行場では格納庫や掩体壕から滑走路に次々と戦闘機が並べられる。整備員の人海戦術により発進の準備作業は急速に進んだ。六輪貨物車がパイロットを運ぶと各員は愛機へと駆け寄って手短に状況を確認する。
「敵艦載機の大軍だ。電光の敵ではないが油断するな。敵艦載機は全てが新型である。グラマンかコルセアかわからない。格闘戦は厳に禁ずる。一撃離脱に徹せよ」
「格闘戦が来たらどうします?」
「敵の土俵には乗るな。仮に低空に降りるならば高射砲が歓迎した。それに零戦と雷電の大群が上昇している。我々は敵の頭を抑え込むんだ。敵編隊を崩してバラバラにちぎる」
「了解しました」
発進の順番は早い者勝ちだった。その中でもインターセプターを誇る局地戦闘機乗りがいの一番に駆け上る。整備員とはハンドサインで意思疎通を図った。機体後部の大馬力空冷エンジンの爆音が声をかき消してしまう。燃料は満タンで増槽も吊り下げた。緊急事態のため使い捨てのロケットも積んでいる。この時のために全員が連日のように緊急発進の訓練を繰り返した。もはや頭で考える前に身体が動いている。
「電光隊全機発進せよ。その後、雷電隊が続け。零戦隊は後回しだ。航空管制に従え。管制に従わぬ者は高射砲で撃つ」
「おぉ、おっかないや」
「大漁を祈っていますよ」
「あぁ、イワシのつみれと行こうや」
特徴的な風防を閉め切った。馴染みの整備員が安全なところまで退避したことを確認次第にフルスロットルで加速を開始する。グッと身体が座席に押し付けられた。可能な限りで負担を減じる設計が施されている。着こむ戦闘服も急機動に耐える対G仕様だ。その加速力たるや目にも止まらぬわけでないが、従来の戦闘機とは一線を画す。
「ボケボケするなぁ! 赤松の雷電隊を出すぞぉ!」
「それ、仕事だい」
敵艦載機が迫っているにもかかわらず、ここは和気あいあいとしており、とても戦場と思えなかった。一蓮托生である。大和民族の団結力は世界一を発揮した。次の局地戦闘機はマトモだが急げや急げと大忙しである。
その間も最先鋒の槍は猛烈な加速を見せつけた。高高度を飛行する爆撃機を迎撃するため速力と上昇力を意識して機動力はかなぐり捨てる。日本軍の戦闘機らしからぬ思想だった。しかし、局地的な防空戦闘には適っている。敵機は空母艦載機で中高度が精一杯なため、ロケットの後押しも相まって、あっという間に高度6000まで到達した。ここまで僅か8分のことである。
「トラックから随分と離れてしまいましたな。これが電光の健脚です」
「まったくだ。雷電ですら到達できないぞ」
「いつも通り、3機でかかりますか?」
「いや、敵機は大編隊だが重爆撃機はおろか高速爆撃機でもない。ただの単発機程度に複数では非効率的だ」
「それなら、小隊内でも競争ですね」
「そうだ。銃座に落とされるなよ」
トラックを驚異的な速度で発したのは日本海軍が投じた局地戦闘機の『電光』と判明した。当初は本土防空の切り札として高高度迎撃戦闘機と開発される。実際に帝都防空隊や各地の工業地帯防空隊に配備されて重爆撃機の侵入に備えた。しかし、本土で飼い殺しは勿体ない。トラック泊地など重要拠点の防空に大抜擢されると適正化を経て少数が送られた。
何と言っても、機体後部に設けられたエンジンとプロペラが目をひく。最高速は400ノットの740km/hを目指すべく常識に囚われなかった。したがって、主翼も前進翼のエンテ型を採用して機首に小ぶりな補助翼を備えている。その絞り込まれた胴体は空気抵抗を限界まで減らした。とにかく速力と上昇力を意識した野心的な姿は浪漫を秘める。その代償として機動性は劣悪を極めて直線しか動かせなかった。パイロットの視界は後方が無いに等しい。離陸と着陸も難しいという殺人的な飛行機が完成してしまった。
あまりの使い勝手の悪さに匙を投げる者が続出する中で病みつきになる者もいる。若い兵士を中心に愛用する動きが広まった。ベテランは格闘戦に慣れているため順応できない。一方でルーキーたちは一撃離脱攻撃を基本と叩き込まれた。電光とは最高の一撃離脱向けと言えよう。
「こいつに電探はない。航空管制が頼りだが…」
(こちら三番哨戒機だ。電光隊聞こえるか)
「感度は良好。雑音なし。大丈夫だ」
(よろしい。敵大編隊は数個に分かれている。きっと停泊中の艦船、飛行場、基地機能と分業を敷いた。電光隊は飛行場に向かう一個を叩いてもらいたい。方角はそのまま、高度はもう少し上げるとよさそうだ、雲はわからない)
「十分だ。感謝する」
(奴らに目にもの食らわせてやれ)
積雲以外にも陸攻を改造した哨戒機が展開した。積雲ほどでなくとも広範囲をカバーできる。一式陸攻は持ち前の高高度における高性能を活かして敵艦載機の大編隊を見下ろした。積雲が全体的な管制を行って哨戒機が区画ごとを担当する。トラック島を中心に空を区分けすることで効果的な管制を手繰り寄せた。そのために本土で英才教育を受けた秀才が専任を務める。
「増槽を切り離す。重荷は捨てよ」
「了解。ちょっと勿体ないですね」
「命には代えられない」
局地戦闘機の宿命として航続距離は短かった。航続距離は戦闘可能な時間に直結する。これを少しでも伸ばすべく落下式増槽を吊架した。空戦には無駄な重荷と働く。早々に放棄してしまうのが良かった。仮に燃料が残っていても命と戦果が求められる以上は無駄を切り捨てるべき。
「そろそろ見えてくるはずなんだがな…」
「雲が広がって…どうにもこうにも」
「真下に見えましたぜ! 先に行かせていただきます!」
「ったく! これだから若者は!」
敵機に対して高度的な優位を保ちながら飛行していると自然に接触するはずだ。電探を搭載していないため肉眼が頼りである。機体に反射する光を逃さなかった。まさに目を凝らして索敵を広げるが曇天で障害が多い。どうにもならないかと思われた。目の良さが自慢のお調子者が先頭に躍り出るとバンクを振って無線も報告を入れる。それから一目散に降下を開始した。普通は隊長や小隊の指示を得るところ、自制心が興奮に負けたのか、エンテの翼を翻していく姿にため息が漏れる。
「全機突撃! 突っ込めい! 燃料と弾のある限りは戦うのだ! 赤松にとられてはならん!」
「そこかい!」
「さぁ行きますよ!」
彼らだけは集団ではなく個人の戦いが認められた。各員の個性を活かすと言えば体裁がよくなる。敵機を圧倒する速力と上昇力、重武装が揃った。これで集団戦を行えと言う方がおかしいのである。ゴマ粒のように見える姿は急降下するとグングンと大きくなった。やがて視界にクッキリと映り始めて識別を完了する。
「艦爆か。造作もないわ」
「銃座が動き始めたぞ!」
「アメさんの視力じゃ追いつけまい!」
電光は機体後部にエンジンを配置したことで双発機同様に武装を機首に集中させられた。本土組は重爆撃機を粉砕すべく30mm機関砲4門を集中配置する。トラック島など遠方組は単発機か双発機の相手が占めた。したがって、適正化の一環と称して20mm機銃6門に変更される。火力の低下は門数と弾数の増加により埋めた。しかし、抜本的なテコ入れとして従来の物からドイツ製マウザー機関砲を国産化する。その威力は絶大を極めて米軍の頑丈を嘲笑った。
「まずは一つ!」
「おいおい、どうした、どうした」
「お前たちの機銃はとろいなぁ!」
「飲み込まれるな! 速度を活かして戦え!」
トラック島を見るまでもない。
青色の残骸が降りしきった。
続く




