第124話 ウルシー環礁にて
~ウルシー環礁~
トラック泊地から離れてマリアナの下方にウルシー環礁がある。ここはトラック泊地が無力化された際の予備拠点と開発された。あ号作戦に千早城への改装が行われるに際して機能の移転が行われている。大艦隊を収容できるため艦隊再編に伴い新設された第一機動艦隊が駐留した。
「Z作戦を始める。米海軍機動部隊がトラック泊地を襲うと同時に襲い掛かる。そのために情報が頼りだ。潜水艦と偵察機は動いているか」
「はい。価値のない小島に潜水艦を配置しており、前線の小基地から陸上偵察機が飛び、米海軍機動部隊の動きは筒抜けです」
「敵を侮るな。敵将は知将と言われるレイモンド・スプルーアンスだ」
「なんと、ハワイから出てきたのですか」
「ハルゼーの病状が悪化したのかもしれないな」
「しかし、過度に恐れることも考え物です。第一機動艦隊は戦艦と空母を複合した新進気鋭の最強艦隊を誇りました。連合艦隊に雲竜型は取られましたが」
「そうだ。我々は猛訓練に加えて知略も磨いてきた」
第一機動艦隊は1943年から1944年にかける大規模な艦隊の見直しに伴い新設されている。今までは便宜的な名称に過ぎなかったが正式に使用された。空母中心の航空戦隊の「機動」に戦艦中心の水上打撃艦隊の「艦隊」を織り交ぜている。1年間の空母策が成功して米海軍の物量に対抗することができた。
第一機動艦隊は空母の航空戦隊を中心に据えて司令官は角田覚治中将が務めている。彼は自他共に認める猛将だ。敵商船を空母の副砲で沈める真似は誰もできない。空母は絶大な攻撃力の反面に脆弱な防御力から消極的な運用になりがちだ。角田中将は敢えて母艦を突出させて攻撃回数を増やす捨て身の戦法を主張して譲らない。あまりの闘志に反発を召致した。空母の本来のあるべき姿として認められる。彼の捨て身戦法に適った新鋭空母が与えられた。
「大鳳と白鳳の装甲は追随を許さず、翔鶴と瑞鶴の武運は引けを取らず、新型も揃っています」
「とは言えだ。我々は槍よりかは盾を担った。艦上戦闘機を多めに頂いた」
「艦上攻撃機は艦上爆撃機を兼ねます。足りぬ攻撃力は精鋭の腕前が埋めましょう。そして、司令の提唱する反復攻撃こそ」
「皆まで言うな。私も考えている」
第一機動艦隊の基幹は装甲空母の『大鳳』『白鳳』と通常空母の『翔鶴』『瑞鶴』の4隻から構成される。後者は開戦初期からの武闘派と知られて活躍してきた。前者こそが決戦兵器と拵えられる。大鳳型空母は翔鶴型空母を踏襲しているが飛行甲板を装甲化することで脆弱な防御力の改善を図った。イラストリアス級と同様に重防御を実現すべく装甲を張り上げる。500kg徹甲爆弾の急降下爆撃を受け止める防御力を得た。その代償として、トップヘビーを召致して解決のために格納庫は狭まってしまう。大鳳型の搭載機数は61機に限られてしまった。翔鶴型が大改装を経て尚も72機を確保していることから減少と言わざるを得ない。
この問題は艦上爆撃機と艦上攻撃機の統合よりアプローチを試みた。従来は艦爆と艦攻が別々が当たり前である。最新鋭の表向きの艦上攻撃機はだいぶブレーキを装備した。急降下爆撃能力を得たことで艦爆を搭載する必要性がなくる。艦上戦闘機を積んだ後は全て艦上攻撃機で事足りた。また、個々の機体も主翼を折り畳むことで、そもそもの容積を減らして詰め込みを利かせる。それでいて、航続距離は微減にとどまり、攻撃力は上昇して防御力も確保しており、戦闘機並みの空戦性能も誇るとは驚きだ。
「索敵は捨てましたが…」
「なに捨てたわけでない。金剛型姉妹と航空巡洋艦に水偵がたっぷりといる」
「川西飛行機の脅威の技術力であります…」
「まさかフロートを格納してしまうとは…」
「それにトラック泊地の偵察機がいる。我々は孤独でないのだ」
「アメさんは孤独なようです。いわばオンリーロンリーという」
「敵性言語とはいわん。ここは海の上だからな。憲兵さんはおらん」
空母を守るは鉄壁の打撃部隊である。こちらは金剛型戦艦『金剛』『比叡』を中心に航空巡洋艦と防空駆逐艦が固めた。金剛型は巡洋戦艦時代からの快足を活かして空母護衛に適任である。旧態依然とした副砲を全廃して10cm高角砲に換装したり、高射機銃を大口径と中口径、小口径にハリネズミに変えたり、電探と射撃指揮装置も最新型に換装したり等々の至れり尽くせりの大盤振る舞いだ。14インチの36cm連装砲は変わらずだが、三式弾を込めた対空戦闘はもちろん、万が一に敵戦艦が差し違える覚悟で突っ込んできた場合は立ち向かう。沈む覚悟で空母を守り抜く気概を有した。
「噂をすればなんとやら」
「見事な低空飛行だな。水偵乗りは精鋭ばかり」
「即席の対潜哨戒機です。60kg対潜爆弾を吊り下げています」
「川西飛行機の炎風だ」
「水偵、水戦、水観の全てを担うことができます。日本海軍は水上機で勝ちます」
「アメさんにはないからな」
大鳳のすぐ横を水上機が通過していく。海面をスレスレの超低空飛行に感嘆の声が漏れた。日本海側は海洋に囲まれる立地的な事情から水上機を重視している。各国の海軍が水上機を開発して運用するも注力の度合いは随分と低かった。日本海軍の水上機は陸上機に匹敵する。格下の水上観測機が最新鋭のヘルキャットを撃墜した事例もあった。
5,500t級軽巡洋艦の復活に伴う航空巡洋艦の建造に合わせて川西飛行機が独自性を発揮する。同社は艦上戦闘機も手掛けたが水戦や水偵を一手に担うべく、最新型の水上機である『竜巻』を投じ、フロートの格納機能や20mm機関砲4門など規格外を誇った。これと愛知航空機の瑞雲が連携することで水上機のみの攻撃隊を組織できる。今日はウルシー環礁の対潜警戒を兼ねた訓練に励んでいた。
「敵機動部隊はマーシャルを出発した。我々も明日には出撃する。トラック泊地を周遊して攻撃に備える。各艦と各機の燃料に関しては油槽船から補給を受ける」
「防空駆逐艦が心配です。油槽船の油を使っても足りるかどうか」
「万が一は大鳳から出す」
「し、しかし」
「しかしもヘチマもない。私は一隻も見捨てるつもりはない」
「それでこそ司令です。本土に簡易油槽船の追加を要請します。私の独断として責任を負います」
「馬鹿者が! ここまで来ては一蓮托生! 責任は負う!」
角田覚治はあまり良い評価を聞かないが人望に厚い点で他の将校を認めない。何よりも義を重んじた。民間人にも優しく接することで必勝の寄せ書きが送られる。いかに優れた戦略家でも人を動かすことができなければだ。実力主義や能力主義と言われるが人望が優るところも否めない。第一機動艦隊に属する者達は角田司令と死を共にすることで一致した。
(やはり角田さんこそ付いていくべき)
(俺の運命は決まった)
(司令こそ日本海軍を率いるべき)
「いつでも出られるように準備を怠るな。それでは解散!」
出撃を前にした簡易的な打ち合わせを済ませる。参謀たちは準備のために駆け足で去っていった。司令官の私室に一人残ると緊張が訪れる。部下たちの前では司令官らしく振舞うが、結局のところ、一人の人間に変わりなかった。彼に日米決戦の最終戦が担わされている。これで緊張しない方がおかしいわけだ。
「ふう…」
ドカッと粗末な椅子に座り込む。ため息が漏れてしまった。自分で茶を淹れようとウロウロするが執務室兼私室に設備はない。どこかのジョンブルは紅茶を淹れる設備を設けて当然だが日本ではわびさびを重んじた。
「貰いに行くか」
彼の背中は意外にも小さい。
日本の行く末は角田覚治にかかっていた。
続く




