第121話 ガンシップ・ハーピィ
イギリス本国はマダガスカル島の被害を知る。インドに対する増援をマダガスカル島防衛強化に割いた。インドに送られる予定の数十万の兵力が到着しないと知った際の落胆は形容しようがない。マウントバッテン将軍も解任の身でありながら激怒してチャーチルに罵詈雑言を浴びせた。
日本軍の攻撃は苛烈を増すばかり。機甲部隊の乱入は抑えきれなかった。川で防ごうにも速やかな渡河や猛烈な砲撃により突破を許している。彼らが築き上げた円筒陣地は正攻法の前に破れた。円筒陣地は病院やPXまで備える基地だが、人事的な混乱や士気の低下が積み重なり、各個撃破されて相互の連絡も機能していない。特にイギリス軍円筒陣地を脅かしたのは航空機だが単なる爆撃や襲撃の範囲を逸脱した。
「そ、空飛ぶ戦艦だ! 退避! 退避!」
「高射砲急げ! あいつはノロマだぞ!」
「戦闘機は飛べないのかよ! これだから空軍は頼りにならない!」
「砲撃!? なんで航空機が砲撃できる!?」
「ガ、ガンシップ…」
低高度から見下ろすときほど愉悦を感じることはない。敵兵が逃げ惑う姿は見飽きた。高射砲や高射機関砲を動かす様子は闘志を感じられて評価できる。小銃や軽機関銃を対空に用いる勇姿が最も良かった。そのような戦意に満ち溢れた兵士を一方的に嬲る。なんと素晴らしいことなんだ。
大型の四発機が低空から侵入する。インドの制空権は掌握済みのため老練な軽戦車の護衛を携えて怪鳥が羽を広げた。日本軍の爆撃機は大きく分けて双発の高速爆撃機か四発以上の戦略爆撃機である。この後者を改造して対地攻撃に特化した重襲撃機(便宜的な名称)を開発した。それは機首に大砲を備えて胴体各部に機関砲と機銃を張り巡らす。低空から侵入して目につくものの全てを破壊していった。
「ハーピィだ、ハーピィ!」
それはギリシャ神話の怪物である『ハーピィ』と恐れられる。連合国軍は自分たちが食糧と認識した。怪鳥が血肉を貪るように砲撃と銃撃を被る。陣地に残るは残飯や汚物と見立てる残骸と屍だった。これをハーピィと呼ばずしてどうするのか。
「なんて言っているかわからん。読唇術を覚えたい」
「お前は黙って榴弾を込めるんだ。そう眺めるな」
「すいません」
「擲弾をいっぱい積んだ方が良いんじゃないかと思うのですが」
「擲弾じゃ戦車を破壊できない。10cm榴弾砲がなきゃな」
「俺たちの苦労も知ってください。補助装置もなしに込めているんです」
「さすがに重くなる。機体が重すぎては飛べんだろう。大和男児は我慢を美徳としている」
ハーピィはオーストラリアに出現した。オーストラリアに展開した連合国軍の飛行場を襲撃すると戦闘機から爆撃機、偵察機、輸送機を撃破する。高射砲と機関砲も例外でなかった。避難壕へ逃げ込んでも無慈悲な砲撃が飛び込んでくる。相当に運が悪いと壕が潰れてしまった。オーストラリアの戦いに与えた影響は微々たる。しかし、敵の将兵に与える恐怖は爆撃や砲撃を上回り、友軍に促す奮起は何物にも代えられなかった。
その運用に係る費用や手間は莫大だが戦争と言う究極の無駄の中で気にする方が負けである。オーストラリア以来は活躍の場がなかった。全般的に見直しが図られる。既存の飛行艇や鹵獲した米軍重爆撃機を参考に後継機が登場した。インドの戦場に次世代の怪鳥が現れる。
「撃て!」
「意外と軽いもん。これで吹っ飛ばせるんですかい」
「航空機用に軽量化の一環で簡略化されている。射程距離は短く、装薬も少なく、軽く作ったからだ」
「ほらみろよ。大穴が開いていやがる。威力はばあつぐんだ。こりゃ擲弾にゃできない荒業だぜ」
「そうとわかったら手を動かせい!」
四式重襲撃機こと烏天狗はその名に違わぬ破壊力を誇った。機首下方に限定旋回式の10cm軽榴弾砲1門を搭載する。当初は野砲を簡単な改造の上で搭載した。軽量化と称した簡略化が図られて射程距離を犠牲に運用の簡易化を手繰り寄せる。一応も榴弾砲のため榴弾や徹甲弾の破壊力は変わらなかった。対戦車ではチャーチル歩兵戦車を一撃で擱座させる。対地ではトーチカや掩体壕にヒビを入れた。しかし、人力の装填であるが故に重労働で安定性に欠ける。
榴弾砲の欠点を補うべく40mm機関砲2門(擲弾とも呼ばれる)を追加した。これは機関砲と言うが砲弾にロケット推進機構が備わるロケット砲の一つである。実際に扱う兵士が擲弾と呼ぶためグレネードランチャーとも言えた。榴弾砲に比べて威力は大幅に減少するが圧倒的な投射量から面制圧に優れる。
最後に掃射用の20mm機関砲と7.7mm機銃を大量に備えた。多連装で装備することで濃厚な弾幕を作り上げる。これに捉えられて逃げ切れる物と者はいなかった。航空機はあっという間に穴だらけとなり二度と飛べない。人間はあえて言うまでもなかった。地上の哀れな人間が目の当たりにする光景は筆舌しがたい。
「ゆっくりと左に旋回する。火力を集中させる」
「左へ回ります」
「隼を撃つなよ。烏天狗は戦闘機に絡まれたらひとたまりもない」
「任せてください。針の穴を通してみせますよ」
「お前は補助だろうが。あと2年だな」
「え、戦争が終わってしまいます」
「お前には無理だ。さっさと弾帯を持ってこい!」
このままでは円筒陣地を通過してしまうために左方向へゆっくりと旋回した。その巨体から想像できる程の鈍重を笑う余裕はない。最前線の支援要請が来ればすぐに飛び立つため、旧来の1800馬力の爆撃機向けのエンジンを採用した。現在では手堅く安定した名機の扱いである。しかし、頭打ちして発展の余地が見込めないことから専ら輸送機に採用されていた。
二式飛行艇やB-24を参考にした高翼配置は武装の積み込みを容易にする。その代わりに速度性能は低く操縦性も劣った。巨体に榴弾砲と機関砲(擲弾発射機)、機銃を満載し、弾薬と燃料、搭乗員が合わさった時の重量はとてつもない。したがって、機動性は劣悪を極めて旋回範囲は六発輸送機の方が良好とまで言われた。軽戦闘機にすら追いつかれる速度性能も相まって自衛は不可能に近い。
低空を侵入して攻撃する性質から対空砲火に塗れることが多かった。高射砲と高射機関砲は戦闘機以上の天敵を務める。烏天狗の単独による襲撃任務は自らやられに赴くが等しかった。敵戦闘機を振り払って地上の対空火器を牽制すべく老練な一式戦闘機が護衛に与えられる。低空では無敵の戦闘機が守ってくれた。搭乗員は安心感に包み込まれる。
「ははぁ! 高射砲が爆発したぞ!」
「砲弾に誘爆したか。次はどいつを狙う」
「兵士を薙ぎ払う。小銃を持ちだしてご苦労様だな」
「そんな小粒を狙わなくても隼が機銃掃射で片づける」
「見たくないか? 擲弾に塗れる時の人ってのを」
「なるほどな」
最初期のガンシップな故に照準器越しの肉眼だった。視力に優れる砲手と銃手は敵兵の口の動きまで見透かす。生身の人間に擲弾をぶつける行為に対して一切の慈悲を覚えなかった。烏天狗は常に上位の存在であり続ける。敵兵という下位の存在を駆ることに喜びを覚えた。いつも「戦争が人をこうも変えてしまうのか」と嘆きの声が聞かれる。人間の奥深くに潜在する残虐性がこうも剥き出しになるのか、ハーピィの血肉を食い散らかすが如く、円筒陣地の辺り一帯に残骸と屍を撒いては撒いては止まらず、怪鳥による死の演舞が終わる頃には凄惨が広がった。
「よ~し頃合いだな。撤収する」
「もうですか! まだ食い足りませんが」
「地上部隊に飯を残さんと可哀想だろう。決して、残飯じゃあないぞ」
「体よく言っているだけ…」
「エンジンの音で聞こえんな。さっさと帰る!」
立つ鳥跡を濁さず。
あいにく、ハーピィには当てはまらなかった。
続く




