第118話 古賀の千早城
~トラック泊地~
「山本さんに伝えるんだ。米艦隊が出撃したと」
「きっと我々よりも早期に掴んでいます。最近の潜水艦は駅伝方式で伝えますから」
トラック泊地に飛び込んできた急報は米艦隊出撃だった。ハワイから空母9隻という大規模な機動部隊が発進している。マーシャル諸島やギルバート諸島に小規模な艦隊を確認し、かつミッドウェー方面より訓練中の艦隊が突如として移動を開始し、諸々の情報を組み合わせた。諜報部門も米本土とハワイの連絡が急増したことより並々ならぬことが起こっているという。
はたして、米軍の狙いはどこだ。アリューシャン列島か、オーストラリアか、ニューギニアか。なんてことはないはずだ。米軍の狙いはただの一点のみ。敵の狙いはトラック泊地に違いなかった。日本海軍の大拠点は前線司令部と言って差し支えない。トラック泊地が潰れれば概要に進出して大規模な作戦は行えなかった。
「ウルシー環礁、パラオなど移転は済んでおり、移動型司令部である大型巡洋艦も完成しました。トラック泊地の放棄はいつでも」
「まだまだ、まだまだ」
「そういうと思いました」
「山本さんと米内さんに留守を頼まれたんだ。敵空母の艦載機は一機たりとも通さない。敵戦艦は近づく間もなく撃破してやる。この古賀峯一の名に懸けてだ」
「総力戦の用意は整っております。しかし、万が一の際は飛行艇で脱出してください」
「わかっている」
古賀峯一はトラック泊地の防衛を託される。
前提として、日本海軍はトラック泊地の脆弱性を理解していた。陸軍の勧告を一度は突っぱね返す。冷静になって考えると、的を射ており、一考の余地があった。トラック泊地が無力化されれば一切の作戦が不可能に陥る。したがって、トラック泊地は段階的に縮小するか、サブの拠点を構えることを検討し、実際にウルシー環礁を開拓して基地を設けた。パラオにも拠点と称した待機所を構えている。トラック泊地に一点集中することを避けた。
米軍の動きは素早い。トラック泊地を無力化して外洋の作戦を封じ込めれば悠々とオーストラリアやニューギニアを奪還できた。潜水艦はすり抜けてくるが数個艦隊を撃滅できる程ではない。戦艦と空母を多く失ったが両洋艦隊法に基づく新鋭艦が続々と登場した。巡洋艦と駆逐艦の補助艦艇も出そろう。日本やドイツに負けじと潜水艦を拵えた。アメリカンな合理主義による改造空母は100に迫る勢いである。
「海に油をまき火をつけたい。敵艦隊をまさに火の海と包ませる」
古賀峯一の覚悟はとうに決まった。
トラック泊地は千早城である。
「少し風に当たってくる」
「お気を付けて」
連日の会議に疲れてしまったのか自然に身を任せたい。今日は晴天だがやや強い風が吹いた。還暦を目前にしても十分に耐えられる。むしろ、強い風に塗れることが気持ち良かった。海風とは存外心地よいもの。
司令部から出て初老の散歩に興じた。自軍の大拠点である以上は暗殺の危険はないが、万が一の事故があってはならず、女房役の士官は監視役の陸戦隊兵士をつける。古賀も見られていることは看破していた。自身が心配の種を作っている。知らぬふりを貫いた。
「一、ニ、三…」
「よいことだ。若人は身体を鍛えるべし…本当は学を修めるべきだが」
「もっと腰を入れんか! 最悪は我々も戦うのだぞ!」
「調理の担当までもが戦闘訓練に出る。総力戦だな。すまないね」
「馬鹿が! どこを飛んでいる! あとで言いつけてやる」
「まぁまぁ…」
若い兵士たちが半裸でランニングに精を出す。基礎的な体力をつけることは言うまでもなく、日本人の大和魂という不屈の精神を鍛え上げた。欧米人の舌を巻きに任せるは不屈の精神に尽きる。ランニングによる持久力は精神力にもつながった。非科学的な精神論はいけない。しかし、最後の最後に生死を分けるのは根性かもしれなかった。
ちょっとした広場では銃剣突撃の訓練が行われる。トラック泊地の地上戦を想定しているようだ。兵士は兵士でも台所を守る調理班の人員である。本来ならば非戦闘員のはずだが、正真正銘の総力戦と言わんばかり、非戦闘員も関係なく駆り出された。銃剣突撃を代表に戦闘訓練を積んでいる。全員が両眼に闘志を宿すとは驚きだった。
最後に低空を水上機が通過していく。水上機は低空飛行が多い都合で低空の飛行能力を重視した。超低空の飛行はお手の物で地上の仲間たちを笑っているのか応援しているのか。事故はあり得ないと自負するがビクッと驚くことは必至で怒っても仕方のないことだ。
「その時は私が特別攻撃に出ても構わない。日本のためにわが身を喜んで捧げよう」
「あ! 古賀さん! 丁度よいところで!」
「君は…東君か」
「はい! 古賀さんに見ていただきたい物がございまして」
「わかった、わかった」
トラック泊地の人員は大半が軍人や準ずる者のはず。全くの一般人も紛れた。もはや、一つの都市を構成すると軍人だけでは回らない。本土からやってきた料理人は定食者を開いた。大陸や台湾から稼ぎに来た者は娯楽を提供する。技術者たちは先端技術の兵器を調整した。特に若い技術者は怖いもの知らずか古賀峯一をさん付けして好き勝手に振り回す。叱責はおろかボコボコにされてもおかしくなかった。古賀は若気の至りと認めて毎日の堅苦しさの中に緩みを見出そう。
自転車を借りて一緒にサイクリングに出かけた。島内のちょっとした移動に自転車が最適である。燃料を消費せず長距離を楽に移動できた。実際にマレーでは銀輪部隊と称した自転車部隊が大進撃する。機械化を推進する中でもエコロジーは重要だった。
「こちらです。古賀さんなら自由に出入りできます」
「わざわざ、すまない。君たちもご苦労様だな」
「お疲れ様です!」
山を切り開いたところに沿岸砲台が構えられる。沿岸砲台と名乗るが大砲は見られなかった。厳重な警備も関係者の民間人と古賀峯一は自由に出入りできる。警備の兵士はまさか最高責任者が自転車で来るとは予想だにしなかった。驚きを滲ませながらも綺麗な敬礼を見せる。
「どうぞ、こちらへ」
「対艦噴進弾発射場は完成したか。よくやってくれた」
「地対艦噴進弾の一号を主としますが、今回は三号と四号を投じます」
「三号? 四号?」
「三号は艦対艦誘導弾を拡大しました。弾頭部の赤外線吸着装置が捉えます」
「陸軍の簡易空母が試験的に運用して戦艦を大破させるらしい。地対艦ならば大型化して威力に期待できる」
「はい。しかし、三号はやはり精度に難がありました。それに大型艦にしか吸着が働きません。小型艦は赤外線が弱く捉えきれません。また、火災が発生している場合は大型と小型を問わず、赤外線の強い方へ進んでしまう点は修正できず…」
山中に噴進弾の発射基地が設けられた。大砲と異なり簡易的な発射機があれば完成するため突貫工事に適応する。その気になれば連続発射から隙を生じなかった。これの弱点としては噴煙を逆探知されて居場所を見抜かれる。反撃の砲撃と爆撃を被る危険が呈された。したがって、所定の時間と弾数を撃ち切り次第に持ち場を捨てて退避することが奨励される。
ここでは初代の一号を基本としながら三号と四号を追加した。一号は無線誘導方式で友軍爆撃機の働きに左右される。偵察機の間接的な誘導も追加されるも特段は変わらなかった。三号は艦対艦仕様を大型化している。弾頭部に赤外線の吸着装置を備えて赤外線の眼が捉えて離さなかった。発射から撃ちっ放しが可能な画期的を有するが最初期故の荒さが目立つ。
「四号は小型の逆探を備えています。敵艦の電波を感知すると反応が強い方へ向かいました」
「つまり、敵艦の電探に突っ込むわけだ。米海軍の電探はどう感じ取る」
「研究した情報をいただき予め設定しています。複数の電探を使っております故に全てに対応させました」
「よくわからないが、絶対必中の矢か?」
「そういうことです」
「戦は別の次元へ向かっているようだ…」
幕府軍を迎え撃つのだ。
続く




