第117話 英軍防御瓦解
石原莞爾はマウントバッテンの徹底抗戦に舌を巻いた。
「マウントバッテンはまだやめないか。強情な男だ」
「いかがいたしましょうか?」
「聞くまでもないことだ。攻撃だ。攻撃だ。攻撃だ」
「力攻めも絡め取られます。搦め手を用いませんと…」
「わかっている。マウントバッテンの居場所を掴むんだ。チンドットは雑兵だ。我々の決部隊が優っている。なぜなら、そのチンドットを打ち破った」
カルカタは猛攻撃を受けて遂に陥落している。マウントバッテンは賢明にも前線司令部を数段下げた上でカルカタを放棄した。敵軍大殲滅は叶わなかったが前線を一気に押し上げる。アキャブとインパールの安全は確保されたが、未だに抵抗は続いており、自由インドの妨害にも屈しなかった。なんて強情なと感嘆するのも束の間である。石原莞爾の口癖は「攻撃」なのだ。
辻参謀が指摘するように力攻めは必ずや頓挫する。マウントバッテンを筆頭に英軍は学びを得た。我々の攻撃を研究して対策を講じる。現に円筒陣地という防御はかなり厄介だった。一定間隔に歩兵戦車を配置している。戦車と戦車の隙間には野砲と榴弾砲、対戦車砲、機関銃の陣地を設た。これが至る所に設置される故に変わらない風景が広がる。偵察機の報告が単調な理由が判明した。
「いつも通りですか?」
「いや、今回は真正面から突破する。重機甲部隊を正面に配置して攻勢を仕掛ける。敵陣を一つ一つを丁寧に潰していきながら側面を軽快な機械歩兵が奇襲する。航空兵力は?」
「大東亜決戦機の活躍もあって大勝利です。敵飛行場は重爆撃機が完膚なきまで破壊し、後方の補給線は高速爆撃機が浸透して寸断を図り、最前線は襲撃機が反復攻撃から撃滅を…」
「よろしい。どうせだ。鹵獲機を投じて戦意を崩すのだ」
「承知いたしました。機種は何を?」
「B-17は定番としてB-24を追加せよ」
「命じます」
マウントバッテンの首を掻っ切ることは終着駅と定める。終着駅までには路線という過程が存在した。カルカタ攻略とインパールおよびアキャブの保持は途中駅に過ぎない。英軍の攻勢を挫いたならば日本軍の反撃と相場が決まっていた。しかし、戦術の通りで円筒陣地は厄介極まりない。インドの航空戦に勝利を収めて制空権を握り込んだことが幸いと機能した。新型から旧型まで総動員しての空戦に太平洋戦線の不安が呈される。兵士は日本本土と台湾、中華民国で新兵の速成計画を実施中だ。運用機材に関しては中華民国の満州飛行機が新工場を完成させる。日本国内の工場を進出させるなど、着実に最終決戦に向けた準備は完成しつつあった。
これらを土台に敷いて正面突破と側面奇襲を織り交ぜる。敵軍正面たる円筒陣地に重機甲部隊を集中した。彼らの大火力と重装甲を押し付けて強引にも突破していき、かつ側面を軽快な機甲部隊と機械化歩兵が奇襲して回り、円筒陣地を各個撃破する予定を組む。もちろん、自軍の確固たる制空権を糧に航空攻撃の手は緩めなかった。地上戦と反対に幾らか余裕があるため、敵軍の前線将兵の士気を下げようと企み、B-17やB-24を鹵獲から複製した機材を投じる。
「マウントバッテンの首はどうとりますか? 仮に司令部が分かっても地下に潜られては…」
「その時だな。地上ならば巡航噴進弾を用いるが、地下ならば貫徹爆弾を用いる。用意だけは頼んだ。石原莞爾の名義であられば借りられない物品はない」
「流石でございます」
「辻よ。インドの平定はお前に任せたく思う。私はアメリカを平らげる」
彼の目はカミソリよりも切れた。
~それからしばらく~
「時間だ。全車砲撃はじめ!」
英軍自慢の円筒陣地を前に自走砲が一列に並んでいる。自走砲と聞けば長砲身の榴弾砲又は野砲をイメージした。日本軍はドイツ軍以上に注力しており、現地改造品を含めて多種多様を極めたが、今回は小型の車体に小柄な榴弾砲らしい。主力はおろか旧型の自走砲よりも頼もしさに欠けた。
「15cm榴弾は所定の時間で撃ち尽くす。余っても捨て置け」
それもそのはず、これらは旧式化した榴弾砲に必要最低限の機動力を付与するのみ。四式砲戦車こと『ホロ』は中戦車の車体に三八式15cm榴弾砲を搭載した。前者は訓練用で余っていたところ、後者は明治期の火砲で余っていたところ、体よく在庫処分と改造している。旧式化も著しい15cm榴弾砲だが大口径榴弾の威力は健在だ。さらに、必要最低限と言うが最速40km/hの速力は健脚である。全体的に小柄なため奇襲兵器と活躍した。今日は重機甲部隊の突撃を前にした奇襲的な制圧砲撃に充当されている。
「撃ち方やめ! 後退だ! 急げ」
予め決められた時間で榴弾を撃ち尽くすと直ちに後退を開始した。全車が撃ち切りのため軽い車体をスムーズに動かす。三八式榴弾砲は短射程なために捕捉されて反撃を受ける危険性が拭い切れなかった。日本軍の自走砲運用は機動的な砲撃に尽きる。
「ホリⅢ型に任せよう」
彼らが引き上げると同時に重々しい重低音が鳴り響いた。
それでは英軍の円筒陣地はというと地獄絵図が広がる。15cm榴弾の連続的な着弾に地面は抉れた。トーチカは辛うじて耐えきったが内部の兵士は激しく揺さぶられて脳震盪を召致する。ほとんどの兵士が聴力に異常をきたした。とても紳士とは思えない悪態を吐きながら正面を見つめる。どうやら、日本軍のアウトレンジ砲撃らしく、精神がすり減って仕方がなく、随分と効果的な策を使ってきた。
「チャーチルは生きているのか!」
「連絡が途絶した!」
「くそっ! 戦車が使えないとな…」
「なに。日本兵なんて機銃でなぎ倒せる。戦車が出てくれば俺たちのアハト・アハトが迎え撃つ」
「どうも嫌な予感がする。いつもの砲撃にしては精密だ。それに時間も短時間で終わっている」
「杞憂じゃ…」
トーチカの中で機関銃の射手と装填手が語り合うも一方的に遮られる。いかに鉄筋コンクリートのトーチカに守られている雖も腹の底から響いてくる重低音は恐怖を生じさせた。前大戦時にゲームチェンジャーと生まれた兵器は恐竜的な進化を遂げている。
「タンク! ターンク!」
「随伴歩兵がいるはずだ! 撃てぇ!」
「わかってる!」
まさに正面から敵戦車が出現した。これが正々堂々と律儀に真正面から現れるも危機的状況に陥る。先の砲撃により味方のチャーチル歩兵戦車は沈黙を強いられた。歩兵を守るための王国の盾は上空からの一撃に砕け散る。大口径榴弾の破壊力とは徹甲弾と全くの別物なのだ。たっぷりと詰め込まれた高性能な炸薬がこじ開ける。
「野砲はまだか! やられるぞ!」
「もう撃っているが効いていない。こっちを向いた」
「に、逃げろ!」
トーチカの正面から榴弾が放り込まれた。機関銃の弾丸を嘲笑うように砕き、野砲の徹甲弾は軽く弾き返し、大口径で長砲身の戦車砲を動かす。ゆっくりと前進するたびに敵の恐怖が強まった。その姿は前大戦のサンシャモン突撃戦車に端を発する。一歩を踏みしめるたびに悲鳴が聞こえてきた。
「これのどこが攻撃だ。一方的ななぶり殺しではないか」
「楽な仕事です。自分は何とも思いませんよ」
「アクセルを踏むだけ。訓練よりも簡単ですが」
「ホリⅢ型は対戦車に特化したはず。このような形でとはな」
「10cmのカノン砲と200mmの装甲、700馬力のエンジン。これで対戦車に特化ですかい?」
ホリⅢ型とは最新の重突撃砲ないし駆逐戦車である。日本軍の突撃砲の最終形態と称するべきだ。その火力は米軍新型戦車を数キロ先から撃破できる。その防御力は88mm対戦車砲はおろか120mm野砲も無力化した。その走力は大馬力エンジンを唸らせて悪路を確実に走破する。米軍がドイツ軍ティーガーⅠを凌駕する戦車を開発中と聞き、嘗ての仮想敵国であるソビエト連邦がスターリン戦車を投じ、日本軍がそれぞれを撃破できずとしてどうするのだ。
「まぁ…これが戦争か」
円筒陣地は瓦解する。
続く




