第116話 源田の鉄砲
誰かが名付けたが源田の鉄砲である。
源田実は日本海軍の航空屋の中でも異端児と知られた。戦闘機不要論など突拍子もないことを言い始めるが、彼の現場の声を拾って採用する姿勢は支持を集めており、先見の明ある思想や発想は研究に値する。それは石原莞爾を以てしても「海軍軍人の中では面白い」と言わしめた。
「君はT部隊を筆頭に精鋭の航空隊では足りんと言うのだな」
「足りぬは足りません。工夫が足りません。米軍の研究から実施に至る速度は圧倒的です。何か失敗しても即座に改善してくる。敵軍の立て直しを鑑みるに現状維持は敗北主義と言わざるを得ない」
「わかった。連合艦隊司令長官に直談判しに来るのだから相当なのだろう。まずは聞こう」
「ありがとうございます」
源田と言えばT部隊を筆頭にする海軍航空隊の中でも精鋭部隊の創設である。日本海軍は基地航空隊の陸攻による対艦攻撃を確立した。大型爆撃機の航空雷撃は世界をアッと驚かせる。しかし、米軍は艦隊防空を大急ぎで強化して対抗策を講じてきた。それ以前に戦闘機の早期迎撃を確立することで雷撃を許さない。現に28mm機関砲は消えて40mm機関砲に換装され、エリコン20mmとブローニング12.7mmが針鼠のように設けられた。艦上戦闘機はワイルドキャットとヘルキャットを運用する。レーダーに航空管制を組み合わせ鉄壁を作り上げた。
源田実の慧眼と言おうか。
彼は各地から精鋭を集めたT部隊を創設した。悪天候や夜間など真っ当に飛べない中で雷撃するという強硬策である。人員だけでなく整備員も腕利きを集めた。機材に関しても陸攻の中でも改造品を運用している。T部隊はヒトもモノも超一流をかき集めて成立するのだ。T部隊は大物狩りに牙を磨き続ける。ついにフレッチャー艦隊を食らった。源田の槍と呼ばれるT部隊は大戦果を挙げたが、米艦隊を攻撃する機会は少ないと輸送船団狩りに精を出している。その中から教官として数名を引き抜いて他部隊や陸軍航空隊に実戦仕込みの教導を行った。
「種子島君の噴式爆撃機計画はご存知かと」
「あぁ、知っている。レシプロに比べて簡便であり、燃料も品質が求められず、それでいて大出力と聞いた。ドイツから技術を導入するらしいが、本当にうまくいくのかね」
「上手くいくかは技術屋次第ですが、いざ完成すれば、戦争を一変させかねない。そう信じています。これを雷撃機に使いたく存じ上げます」
「雷撃機か。またすごいことを言い始めたな」
「私は本気です。敵戦闘機を振り切り、敵艦隊の対空砲火を抜け、空母に必殺の魚雷を撃ち込む。それはそれは素晴らしい」
「夢物語ではないんだな?」
「水を石油に変える。そんな馬鹿とは違います」
「…」
源田は次に噴式と呼称するジェットエンジンに注目する。海軍だけでなく陸軍や民間企業など国家単位の研究チームを組んだ。海軍の種子島氏を責任者に据えて今日も励んでいる。未来のエンジンと言うべきか、従来のレシプロに比べて構造は簡便であり、使用する燃料は低品質でよく、大出力に裏打ちされた高速性を発揮した。ドイツが最先端と研究中のため、仮装巡洋艦又は潜水艦を用いて技術を導入するが、日本国内でも独自に進めている。
彼は新型戦闘機の迎撃を嘲笑うように振り切ることができ、敵艦隊に突入した際の対空砲火を置いてけぼりにし、艦隊中心部に位置する空母を雷撃すると述べた。ジェットエンジンという未来に賭ける以上は最大の成果を狙うがよろしい。そのために高速雷撃に耐えられる航空魚雷が必要だ。まずはジェットエンジンを国産化しなければならない。山本連合艦隊司令長官(当時)は懐疑的を呈した。
「その時はまた君に任せよう」
「お任せください。必ずや」
そんな会談から約3年が経過する。
戦争とは技術の進歩を数倍はおろか数十倍に加速した。
軍人だけでなく研究者や技術者も死の淵に追い込んで頭脳を刺激する。
~モートロック諸島~
「ひゃ~はっやい」
トラック泊地から南方に位置した。モートロック諸島は日本海軍の拠点が置かれる。トラック泊地からほど近いため監視所と機能した。当初は水上機が展開する小基地程度もマーシャル諸島やギルバート諸島の段階的な撤退より早急な強化が求められる。日本軍の総力を挙げて監視所から本格的な基地に改造が行われた。本土を発した船団はトラック泊地経由で到着する。建設用の資材と物資を揚陸して大工事を開始した。
港湾機能を整備して小規模な艦隊が駐留できるようになる。同時に水上機基地を拡充して飛行艇の円滑な運用を可能に変えた。陸地を拡大して飛行場を建設している。沿岸部に旧式艦艇から主砲と副砲を流用し、内陸部に高射砲と高射機関砲を張り巡らし、コンクリート製のトーチカを作ることも怠らなかった。工事は完遂していないが事態は急を要すると台湾から航空隊が入居する。
「あれが噴式陸上攻撃機の『神電』かい。なんて速さだよ…」
「戦闘機じゃダメなのかな?」
「知らん。俺に聞くな」
「尋常小学校の出じゃなぁ」
「お、やるか」
工員たちの頭上を特徴的な甲高い音で通過していった。それは『神電』と呼ばれる。日本海軍の最新鋭陸上攻撃機と判明した。レシプロ機とは比較にならない速度は地上の者をぽか~んと口を開けさせるに足りる。レシプロ機がバリバリと空を割ることに対し、その機影はキーンと空を切り裂いていくのだから驚きだ。これこそ源田実が追い求めた理想である。
「俺たちは音速攻撃隊だ。敵はもちろん味方に捕まってもならない。まだ鳴らし飛行だがいつでも本気を出せる…」
「ハハハハハ…」
「その笑い声はどうにかできないのな。うるさくて堪らんわい」
「すまねぇ。あまりに速すぎて笑いが出てきちまうんだ」
「和田の気持ちはよくわかる。最初はじゃじゃ馬のおてんば娘で動かせなかった。こうして乗りこなすことができれば何てことはない。日本軍最高の攻撃機になったぞ」
「魚雷を吊り下げても大して遅くならない。魚雷が重荷じゃないって最高ですよ」
「それに高度1万まで上がってもヘタレない」
双発複座の攻撃機は甲高い雄たけびを挙げて絶好調を主張した。主翼に双発の形で吊り下げるは国産のジェットエンジンたる『ネ25』である。ドイツから技術提供を受けたと謙遜するが大半を独自技術で組み上げた。ドイツ製に比べて燃焼効率を向上して軽量化にも成功している。日本人の不屈の努力と創意工夫により世界初の実用的な軍用機のジェットエンジンが誕生した。その全貌を解き明かしていきたいが機密の壁に阻まれる。
これの2基を主翼に半分埋め込む格好の吊り下げ式を採用した。空気抵抗が増大するデメリットを抱えるが、整備性を確保できて万が一の交換も容易く、現場の負担を考慮した設計が採られている。内地から開発陣の一部が引っ越してきて現場の現場で調整を続けた。テストパイロットを兼ねる実働の精鋭部隊に忌憚なき意見を貰うと即座に反映する。僅かな数ミリメートルの変更も辞さなかった。必要な物品は本土に注文すれば輸送機で最短翌日配達で届けられる。
「双発機なもので大火力も染みますなぁ。30mmが4門はなかなかに」
「レシプロじゃ後退しそうな連射もジェットなら悠々とできちまう。最高だ」
「攻撃機と言いますが局地戦闘機はダメですか?」
「同じく。自分は銃座で戦闘機を落としたことがあります」
「神電に銃座はないだろうが」
「そういえば…つけてくれますか?」
「更なる新型機を待て。それだけだ」
蒼空に飛行機雲を残していった。
それは捉え切れない。
続く




