第113話 マウントバッテンの動揺
マウントバッテンの動揺ぶりは語り継がれた。
「カルカタが攻撃を受けている? インパールに攻め込んでいるんじゃないのか!」
「それが日本軍は揚陸艦を大々的に運用し、水陸両用の戦車と輸送車の機動力を活かし、我々が反応するよりも早くに上陸しました。昼間から夜間にかけての爆撃も激しく、洋上に護衛空母が多数も展開して制空権は奪取され、艦載機の攻撃は止まりません」
「どうにかできないのだな」
「残念ながら」
日本軍はインパールとアキャブに兵力を集中して防御に徹すると報告を受ける。ティーガーⅠや新型重戦車を確認したり、新型機がスピリットファイアを駆逐したり、局所的には芳しくなかった。大局的には着実に押している。一部は突破に成功した。しかし、参謀たちは嫌な予感を覚えて分析を重ねる。敵軍は組織的な後退を繰り返して戦力を温存した。時には思い切った奇襲を仕掛けて先鋒を潰す。なかなか尻尾を掴ませなかった。
最前線で翻弄されている間にカルカタ近郊に上陸を被る。カルカタは前線司令部が置かれて言うまでもなく要衝だった。ここが陥落すると戦線を大きく後退せざるを得ない。マウントバッテンがニューデリーから打って出ることが求められた。どこに上陸戦力が潜んでいたと喚く前に対策を打たねば。
日本軍は小癪にも揚陸艦と護衛空母を大々的に運用した。戦時設計の高速輸送艦を素体に揚陸艦を量産し、かつ上陸用に水陸両用の戦車と輸送車を揃えることで、迅速な橋頭堡の確保から進撃を可能にする。世界的にも強襲上陸のスペシャリストと知られた。いざ敵に回ってみると厄介なこと極まりない。
「敵陣に潜伏した部隊は悉く壊滅状態に陥りました。モスキートの航空偵察だけでもできれば情報を得られます。我々が掴む情報はガセネタばかり。イシハラの手の上で転がされた」
「奴は悪魔だ。そうでなければ…」
「私は戦線の大幅な縮小とセイロン島の防衛、マダガスカル島の防衛に注力すべきかと」
「なんだと! このために集めた戦力を押し留めよと言うのか!」
「はい。その通りです。チャーチル戦車も17ポンド砲、スピリットファイアの全てが防御に回すべきと進言いたします」
「なんてことだ。ナチスを追い詰めたのに…」
イギリス軍が陸地の補給に依存する一方で日本軍は海を有効活用した。船舶の輸送は低速な代わりに圧倒的な量が強みである。一度に重火器を大量に運搬でき消耗しても直ぐに回復した。中華民国という工場から直送される故に無尽蔵の補給を確立する。カルカタまで迫る軍隊は一様に軽装だが後方から重装の部隊が追従するため無謀な突貫を繰り返した。
まさかの奇襲にたじろいで即応に失敗すると眼前まで迫られてしまう。予備の戦力を回して前線司令部が麻痺することを防ぎ総崩れは辛うじて回避した。制空権がなくとも豊富な火器と戦車を活かして防御を固める。腐っても鯛とはこのことを言うのかもしれなかった。
「何としてもカルカタを守れ! インパールとアキャブを落とすことが遅れてもいい。チャーチルは海軍出身で陸軍のことは素人だ。私なら黙らせられる」
「私は忠告いたしましたがね」
「いつでも荷物を纏められるようにしておけ。いいな?」
嫌な予感は加速する。
~ダイヤモンドハーバー~
「敵が想定していないルートだ。対戦車陣地はおろか機関銃もない」
日本軍の物資揚陸地点を潰すべく攻撃と言う積極的な防御を展開した。カルカタからたったの43キロほどである。巡航戦車でなくても1日で到達できた。敵が物資を集めて配分し切る前に破壊する。
「見えた。奴らの陣地だ」
「チャーチル首相の裁きを受けよ」
「全車突撃!」
アキャブに至る悪路を走破するためにチャーチル歩兵戦車を多く揃えた。チャーチル歩兵戦車は旧態依然とした歩兵戦車を継承している。特に長大な履帯が目を引いた。泥濘や急斜面などの悪路を低速ながらスイスイと走破できる。その不格好と裏腹に極めて優秀な戦車と評した。歩兵を守るための重装甲も相まって鉄壁を誇る。欧州戦線ではドイツ軍戦車を苦しめた故にインド方面では無敵のはずだ。
「なんだ!」
「し、しまった! 待ち伏せに嵌った!」
「どうしてだ! なぜわかった!」
「ト、トラックだ! トラックに囲まれている!」
「舐められたものだ。全て破壊しろ!」
「榴弾がありません!」
「徹甲弾で破壊するんだ!」
インドに展開するチャーチル歩兵戦車はMk-Ⅲと呼ばれる正規量産型である。ソ連にもレンドリースされてチャーチル歩兵戦車の決定版と言われた。主砲は貧弱な6ポンドの57mm砲で対戦車戦闘に向かない。それどころか、致命的な弱点として榴弾が用意されなかった。2ポンド砲のマチルダⅡは榴弾を持たなかったことでドイツ軍のアハトアハトの前に壊滅を与えられる。今回は日本軍の六輪トラックが包囲してきた。榴弾を持たないことは非装甲の相手が面倒になる。徹甲弾でピンポイントに破壊する必要性が生じた。
「トラックの荷台に何かある!」
「何かではわからん! 正しく詳しく…」
チャーチル歩兵戦車の群れは次々と被弾して沈黙を余儀なくされる。ただのトラックと見た標的は間違いなくただのトラックだ。それは日本のいすゞ自動車の九四式六輪自動貨車と見える。国産のトラックとしては非常に高い完成度を誇った。マイナーチェンジを繰り返す。他のトラックと部品も共通して現場の整備性も考慮されて悪路の走破能力も優秀ときた。
九四式は原則として輸送に従事して戦闘に参加することはない。しかし、現場の判断により高射機関砲を積載した対空トラック、山砲を積載した即席自走砲、迫撃砲を積載した自走迫撃砲など改造は多岐に渡った。あまりの使い勝手の良さに改造が止まらない。今日は荷台部分に対戦車と対地を兼ねる三式高射砲を積載していた。
「我々の戦車が引き裂かれる!」
「き、機銃だ! 弾幕を張って後退!」
「あいつら丁寧に盾を張っていやがる!」
「高射砲だ! 逃げろ!」
「おい! 逃げる…」
六輪自動貨車に三式高射砲は過大ではないか。その砲口径は12.7cmという大口径に該当した。高度1万メートルを飛行する爆撃機を撃墜するために海軍の高角砲を参考にして開発が行われる。その威力を対地に用いた場合は絶大を発揮して一発で大穴を開けた。いかにチャーチル歩兵戦車が最大150mmの装甲を張り上げようと大重量と高初速が無理やりにこじ開けよう。
無論だが再装填には重労働を要した。装填補助装置もないため一発と一発が大事である。したがって、敵戦車が迫っているという密偵の報告を受け取ると迎撃の構えを採用した。きっと奇襲のために迂回してくると読んで待ち伏せを敷こう。各車両が絶好の射点に位置して息を潜めた。
「時の首相だがなんだか知らんが、ここに立ち入る以上は覚悟してもらう」
「へへへ…」
「どうしたよ」
「いやぁ、慌てて機銃を撃ってくるんだ。7.7mm程度の弾じゃ通らないってのに」
「そりゃ面白い。俺にも見せてくれ」
「おいおい、撃ち抜かれるなよ」
「大丈夫だ。装甲の上に土嚢をはっちょる。機銃の弾ぐらいは防げる」
ただ単純に高射砲を載せては面白みに欠ける。敵兵が機関銃や榴弾砲を持ち出すことは容易に予想できた。したがって、反動を抑える重りも含めて多少の装甲を張る。その上に現地調達に土嚢や砂袋を重ねることで機銃弾は通さなかった。敵戦車が機銃掃射を行って後退を試みる様子に笑いがこみあげてくる。砲弾が飛び交う中で臆することはなかった。
「ここで散るんだな」
マウントバッテンはまたまた動揺する。
続く




