第111話 アンダマン海海戦
百式司偵に捕捉されることは不幸の前触れを意味した。
「全艦は対空警戒を厳にしろ。」
ビルマの悪魔に見られた以上は損害を覚悟する。最初はビルマに現れた。その双発の偵察機は最速を誇る。こちらの勢力圏内を単騎で突入しては嗅ぎ回った。その直後に砲撃や爆撃を被る故に悪魔と恐れる。艦隊の場合は悪魔に見定められた時に空襲が確定した。
「レーダーは今のところ異常ありません」
「異常かどうか問わん。一切の事象を報告せよ」
「ヘルキャットを出しましょう。あれはレーダーを搭載しています」
「よし、今すぐに出してくれ。空軍は頼りにならん」
新生東洋艦隊は空母艦隊と打撃艦隊に二分される。前者は文字通りの空母を主として装甲空母のイラストリアス、ヴィクトリアス、フォーミダブル、インドミダブルの4姉妹を軽巡洋艦と駆逐艦が護衛した。後者はレナウン、クイーン・エリザベス、ヴァリアントの三戦艦を基幹に自由フランスからリシュリューを迎えている。栄光のロイヤルネイビーの怒りを見せつけた。
欧州戦線の地中海や北海で苛烈な海戦を繰り広げる。しかし、米海軍は英海軍の合流を拒否した。理由に「練度の低さ」と「経験の不足」を挙げる。新東洋艦隊司令官であるジェームス・サマヴィルも自覚した。地中海の経験をインド洋と太平洋に持ち出して日本軍に活用することはできない。米海軍は幾度となく狡猾な罠に嵌っては痛い目に遭って来た。艦載機を提供する際に教導の訓練を行ったが全く足りない。
「どう出て来るんだ…」
サマヴィルは嫌な程に張れた空を睨んだ。
彼の計画では旧オランダ領を攻撃して実戦経験を積んでからがスタートである。本国のチャーチル首相が元海軍大臣だからと無理な攻撃を命じてきた。インドとビルマの地上戦に介入して反攻の道をこじ開けろと言ってくる。地上戦に海軍の介入は強力な助っ人だが、無駄な弾と燃料を消費するどころか、人員をすり減らしては正気の沙汰でなかった。
時の首相で大英帝国を勝利に導こうとする者に歯向かうことは許さない。それにアメリカへ恩を貸し付けて戦後世界をリードしたい思惑が込められた。軍人は独断専行の暴走ばかり注目される。実際は体よく使われるだけなのかもしれなかった。どうにか損害を少なく切り抜けられないか思案に暮れる。それから暫くが経過して警戒が緩みそうなところでレーダー班の絶叫が響いた。
「敵機の反応あり! ヘルキャット隊が自らの意思で向かっています!」
「無茶はやめさせろ! ヘルキャットを出せ! 可燃物は装甲に仕舞いこむんだ!」
「対空戦闘用意! ポンポン砲も動員する!」
「巡洋艦と駆逐艦は空母を守れ! 戦艦は装甲を張り上げろ!」
「早い。手際が良すぎる」
サマヴィルに苦難が降りかかる。
新東洋艦隊を捕捉した司偵は即座に詳細を報告した。これをアンダマン諸島の航空隊がキャッチして即応の攻撃隊を発進させる。彼らは悠長に護衛戦闘機の発進を待っていられなかった。第一波は付近に展開する陸軍簡易空母部隊を発した軽戦闘機と合流する荒業を採用する。軽戦闘機と聞いて時代遅れを感じた者は素人と嘲笑してやった。
アンダマン諸島前線基地から程近く即応部隊の到着はサマヴィルも感嘆を強いられる。レーダーが捉えて直ぐに米海軍から供与されたヘルキャットを追加した。先んじてレーダー搭載型を飛ばして早期警戒の哨戒機仕様と運用する。彼らも迎撃に参加すると行動で示した。
ついに肉眼で把握できる。
「空戦が始まりました。今のところ、ヘルキャットがオスカーに食いついています」
「オスカー。陸軍の航空隊だな」
「はい。オスカーがヘレンをエスコートしています。なかなか厄介です」
「対空砲は敵爆撃機に火力を集中。各々が定められた空域に弾幕を形成すればいい」
ヘルキャットの群れは敵戦闘機の群れと大規模な空戦に突入した。無線を聞かずともわかる。遠方に生じる煙と閃光から理解できた。管制のため無線を繋いでいるが状況は芳しくない。敵機はオスカーと呼んで恐れる軽戦闘機と判明した。ビルマでスピットファイアやハリケーン、ボーファイターと激闘を繰り広げる。圧倒的な格闘戦の性能は重戦闘機が台頭した現在においても強力だ。ベテランも額に汗を多量も滲ませる程の難敵と認める。
「オスカーはヘルキャットを敢えて引き付けているようです。敵機を撃墜しない代わりにヘレンに向かう機数を減らした」
「軽戦闘機には軽戦闘機なりの戦い方がある。敵パイロットの捕虜が言っていた」
「戦術や戦法は」
「聞き出せなかったらしい。一切の口を閉ざす以前に笑っていた。収容所では真面目を装うが集団脱走を計画するなど綺麗なまでに捕虜だったよ」
「そうですか。それでは損害を覚悟しましょう。本艦も例外でない」
「ヘレンが護衛艦に向かいます!」
「まずは壁を取り除くつもりか。敵ながら懸命だ」
ヘレンと呼ぶは百式高速爆撃機をさした。こちらも比較的に旧式爆撃機と括られる。日本陸軍爆撃機の伝統として高速で堅牢、重武装を掲げ、代償は航続距離を犠牲に払った。現行型は大馬力エンジンに換装したり、防弾を見直したり、主翼を改良したり、等々から航続距離の延長に成功している。新型高速爆撃機や四発重爆撃機が登場して尚も現役を務めた。搭乗員からは軽快な運動性に乏しいことを理由に不評が占める。一方の連合国は高速は名ばかりだが堅牢で重武装は明確な脅威と認識した。
「なんだ? どういうつもりだ…」
「反跳爆撃だ。ありったけの対空砲を指向しろ。護衛艦を守れ」
「反跳爆撃がくるぞ! 回避急げ!」
「我々が考案した攻撃方法を猿真似か。やはり日本人はサルの群れだ」
「その驕りが大半を呼んだんだよ…」
ヘレンは高度を少しずつ下げていき反跳爆撃の構えと見える。欧州に誕生した戦法まで真似されては怒りを超えて呆れが訪れた。日本人は何でもかんでも真似するため猿真似と罵倒に値する。戦艦と空母を守る巡洋艦と駆逐艦を標的に定めた。城を攻めるに本丸までの道を切り開くべく堀を埋めて塀に穴を開ける。
「敵機から何かが来ます!」
「何かとはなんだ! 正確に報告しろ!」
「わかりません! ただ飛翔物体が迫ります!」
「回避だ! 回避しろ!」
「落ち着け。あの狙いは本艦でない。ロンドンが危険だ。ありったけの弾を…」
「ダメです! 照準が追い付きません! 高速すぎます!」
艦隊防空は進化の一途を辿った。米海軍から学びを得ることはもちろん、従来型の2ポンド砲ことポンポン砲は改良型に変え、かつ新たにスウェーデンからボフォース40mm高射機関砲を採用し、レーダーと組み合わせてイージスの盾を体現する。戦闘機の早期迎撃を突破しても濃厚な対空砲火が出迎えた。あいにくだが百式高速爆撃機は自慢の重装甲を以て傷だらけになっても強引に突破してくる。そして、反跳爆撃を敢行すると思いきや謎の飛翔物体が迫った。
「ロンドンに直撃! 繰り返す! ロンドンに直撃!」
「まずい。ロンドンの装甲は薄い。魚雷を積んでいなかったな?」
「はい。ロンドンに魚雷発射管はありますが弾自体は積んでいません」
「まだどうにか耐えられるか…」
「ロンドン大火災が発生!」
「何をして来た。奴らは…」
サマヴィルらの眼前で重巡ロンドンが大火災に見舞われる。敵機が放った攻撃は見事に直撃して装甲を貫くと内部で炸裂した。彼女は条約型巡洋艦に該当して厳しい制限の中で最大限を得ようと苦心する。その結果として同時期に誕生した他国の重巡に比べて防御力に劣ってしまった。ある程度の改修は試みられたが抜本的な解決には至らない。
「第二波来ます!」
「今度こそ反跳爆撃だ! 爆弾が弾んでいるのを見たぞ!」
「反跳爆撃とロケット弾の混合とは恐れ入る。紳士らしからぬ、野蛮極まりない」
「さらに艦隊上空の高高度に敵爆撃機ぃ!」
「水平爆撃の追加か!」
これぞ基地航空隊の戦い方なのだ。
高高度から見下ろすこと以上に楽しいことはない。
敵艦は眼下で回避しようと精一杯に笑いが込み上がった。
「あれを笑うのは帰ってからだ。爆弾倉を開け」
「さぁ行くぜ。俺のカワイ子ちゃんたち」
胴体下部の扉が開かれるとやけに細長い上に翼を授けられた爆弾が姿を現す。
続く




