第108話 復讐の艦隊インド洋展開
全くもってインドは海洋を含めて魔境である。
「インド人の情報収集能力は侮りがたい」
「地中海の海戦が落ち着いてドイツ海軍は壊滅状態にあります。ヨーロッパは地上戦が大半どころか全てを占めたため、余剰となった海上戦力を再編の上でインド洋に展開し、苦戦を強いられている地上戦に投じてきました」
「厄介だな。戦艦複数隻と装甲空母複数、巡洋艦以下も多数とな」
「基地航空隊がございます。海軍の力を借りずとも」
「いや、ここは山本大将や米内大将らの顔を立てることも考える」
インド本国に数千を超えて数万に至る市民の監視の目は英軍の動きを逃さなかった。情報提供は断片的で繋がっていないが、点と点を接着剤で張り付けていくと、さぁ全貌が見えて来る。つい直近にイタリアが降伏と称して二分割されたことで地中海の戦闘にケリがついた。イタリア海軍は自然消滅している。ドイツ海軍は水上艦の大半を喪失して戦力と言う戦力はUボートが精一杯だった。
栄光の英海軍は獲物がなくなり、どうにも、手持ち無沙汰が生じる。すでにヨーロッパの戦闘は地上戦に移行して海軍の出番は限定された。もちろん、敵地に上陸する作戦の際は火力支援に引っ張りだこの人気者である。英海軍は世界最強を誇るが如く旧式戦艦と新鋭空母を抽出するとインド洋に配置した。本来は戦後の影響力を確保するために太平洋艦隊にしたいが、米軍はアーネスト・キングを筆頭と強硬に反発しており、一旦はインド洋で陽動作戦と称して復讐に興じる。
最強を謳った東洋艦隊は日本海軍の新型戦艦に粉砕された。それも正々堂々とした砲撃戦の末に完敗を喫したことは英海軍の凋落と言われる。チャーチル首相も酷く動揺したらしく、日英密約から一時停戦を結んで尚も復讐の声は止まらず、地中海の戦いが一段落すると実行段階に移った。
「レナウンを旗艦にクイーン・エリザベスとヴァリアントを打撃部隊に据え、本命はイラストリアスとヴィクトリアス、フォーミダブル、インドミダブルの装甲空母部隊ですか」
「しかし、詳細不明の戦艦がいます」
「どれどれ。あぁ、そういうことか」
「どういうことでありますか」
「こいつはフランス海軍のリシュリューだ。イギリスが拿捕してアメリカで建造を続けて完成したらインド洋に送られる。なんて経験をしているんだな」
「リシュリューだ。すぐに資料を」
「はっ!」
石原莞爾は情報戦を重視するが故に自前の情報網を敷いている。これに得られた情報は直下の部門に整理整頓を行わせて資料室を拵えた。陸軍と海軍に止まらず政治と経済まで網羅している。辻主席参謀以下が分からないことも石原莞爾は一発で見抜いた。
英海軍がインド洋に派遣した新東洋艦隊と名乗る復讐者たちは中々の顔ぶれと見える。旧式戦艦というがクイーンエリザベス級戦艦2隻を中心に巡洋艦と駆逐艦の打撃部隊に加えてイラストリアス級装甲空母4隻を空母部隊に固めた。これらをレナウンが纏め上げる。レパルスの敵討ちにレナウンを投じ、プリンス・オブ・ウェールズの敵討ちにクイーンエリザベス級を押し立て、最後の仕上げに矛と盾を両立する装甲空母を集中した。
いやいや、ダメ押しと言わんばかり、複雑な過去のリシュリューを加える。リシュリューはフランス海軍の戦艦だが、フランスはドイツに降伏してヴィシー政府と変わった。リシュリューはダカールの戦闘を経てイギリスに接収されるとアメリカで修理を受ける。修理を完了すると即座にインド洋に向かった。
「フランス海軍の大戦艦。38cm四連装砲を2基装備しています。対空兵装も充実しているようで十分すぎる脅威です」
「山本大将はあ号作戦に忙しいだろうから戦艦や空母は出せない」
「基地航空隊による迎撃を試みます。海軍基地航空隊への連絡は済んでいます。それ以前に彼らも把握しているかと存じ上げます」
「把握してもらわないと困る。どうだ北方で使えた噴進弾は転用できないか」
「アレですな。運用自体は問題ありません。到着と展開が間に合うかどうか」
「高速輸送艦が特急しても微妙ですから」
「ふむ。どうしたものか」
英海軍の復讐は日本海軍にお任せしたい。なぜに日本陸軍が損害を被らなければならないのだ。あいにく、彼らは米軍による太平洋中央部の反攻作戦に対抗するあ号作戦を計画中で動けない。余剰戦力を回してほしいが太平洋における最終決戦に余り物は存在しなかった。そもそもビルマとインドにかけては陸軍の管轄と考えられている。
現在も英空軍と絶賛交戦中の基地航空隊が数多も構えた。基地航空隊の爆撃機による対艦攻撃を敢行して阻止に出る。陸軍航空隊の対艦攻撃法は水平爆撃と急降下爆撃、反跳爆撃と徹甲爆弾を用いたが、最近は海軍の陸攻隊に頭を下げて航空雷撃を習得した。最新鋭の大東亜決戦機たる高速爆撃機は万能機を極めている。航空魚雷を爆弾倉に秘匿し低空雷撃を敢行した。
「敵艦隊の居場所は掴めているのでしょうか」
「現時点ではセイロン島付近で遊んでいる。こちらの空襲と潜水艦を警戒して燃料が続く限りは動き回るつもりだ」
「流石に学んでいますよ。インド洋から仮装巡洋艦とUボートが駆逐されたことが痛いです。ドイツ海軍を体よく利用できたのに」
「オーストリアで拿捕した連中は帰れない。戦後に返してやる」
「海軍の特攻隊は」
「セイロン島は丸ごとが要塞だ。そう易々と侵入できない。そもそも若い者を死にゆかせるな」
海軍も新東洋艦隊の展開を把握しているだろうが、あ号作戦の準備や陸軍管轄の連絡など、動きづらいことは石原莞爾らも理解している。現場単位の独断専行を計画しても後々が面倒だ。陸軍は事情の背景を汲み取って黙認する柔軟性を有するが、海軍は意外と硬直した組織が否めず、ようやく最近になって裁量が認められ始める。それでも面倒ごとは御免だ。
「どうでしょう。陸軍空母部隊を動員してみては?」
「なに? 簡易空母を対艦攻撃に使うのか。数だけは立派だが質はそうもいかない」
「それなら対艦誘導弾を搭載すればよい。格納庫を弾薬庫と指揮所を兼ねれば…」
「名案だ。それで行こう」
「すぐに動かせる空母を集めるんだ。艦載機はどうとでもなる」
「はい!」
海軍がやむなく動けない以上は陸軍単独で撃退しなければならない。端から撃破することは放棄した。インドからイギリスを叩き出すことができれば御の字に定めている。地上作戦に勝利を収めて現地の大反乱を招致してインド帝国を瓦解に追い込むのだ。インド帝国が崩壊して秩序が無くなったところを火事場泥棒と侵入して前線基地を構える。その後は海軍の仕事のため任せることにした。特に潜水艦が大西洋まで侵入して無差別攻撃を開始すればグッと傾こう。
「どうせならばセイロン島を爆撃しては?」
「慢心が過ぎる。簡易空母を過大に見るな」
「失礼いたしました。それではアンダマン・ニコバル諸島から爆撃機を飛ばし、簡易空母から護衛の戦闘機を飛ばし、セイロン島を爆撃してはどうでしょう」
「それなら良い。戦闘機の中に爆撃機が紛れていても感知できないからな」
「ありがとうございます。早速ですが各方面と調整を行います」
「私は地上戦に集中する。そろそろ機甲部隊を突撃させる頃なんだ。インドの高地を大日本帝国の戦車隊が突貫する。なんと素晴らしい」
陸軍が空母を持ってはならないなんて規則は存在しないはずだ。海軍の専売特許とは傲慢が過ぎやしないか。日本陸軍は前線基地へ航空機やその部品、弾薬などを効率的に運搬するため、航空機運搬船と称した簡易空母を多数建造してきた。戦時標準設計の高速油槽船を素体にしたTL型簡易空母は数十隻が活躍中である。単騎の戦闘力は低いため常に複数隻が固まり、かつ基地航空隊と連携することも大前提に据え、英海軍の復讐に備えることに決まった。
「辻を責任者とする」
「お任せください」
続く




