第106話 第114飛行隊
「第114飛行隊はすべての訓練を終えた。我々は己の身体と精神を擲弾と変えてサンフランシスコに着弾する。願わくば生きて祖国の大地を踏みたい。しかし、物事はそう上手く進むものでもあるまい。よって、希望者は遺書を残すように」
簡易的な演説壇の上で隊長らしき士官が威勢よく訓示を綴っている。今日も今日とて曇天だが気にすることはなかった。むしろ、敵機が事故を恐れて攻撃に来れないような日こそ好機である。ついに明日は米本土爆撃作戦の前哨戦たるサンフランシスコ往復爆撃作戦の決行日なのだ。
「なんて飾ってみたが俺も一緒に飛ぼう。ちなみに、遺書は書かない。天涯孤独の独り身だからな。遺書なんか書いたところで誰にも読まれん」
「…」
「そこは何か言ってほしいが、まぁ、よい。今日は各員が自由に過ごすよう命じる。あいにく、火竜は超長距離飛行に備えて整備中であるから1メートルも飛ばせない。明日の打ち合わせに徹してよし、馴染みの兵士と語り合ってよし、島を散策してよしだ。明日の出撃に支障をきたさなければ、原則として、何をしても構わない」
14名を見回して意義や疑義の無いことを確認してから高らかに宣言する。
「以上! 解散!」
第114飛行隊は1943年の再編成により誕生した飛行隊である。戦闘に関わる隊員は僅か15名だった。少数精鋭の特別攻撃隊を窺い知れる。最前線で実戦を経験してきた若手を引き抜いた。兵庫県の加古川にて基礎的な技術を再確認してから本格的な訓練に移る。日本陸軍らしい近接航空支援に基づく航法ではなく、むしろの真反対に超長距離の飛行を想定した。海軍航空隊の陸攻乗りを臨時教官に迎えて一から学んでいる。
彼らは一度限りの大作戦に充当された。アリューシャン列島の北方基地を発進すると高度1万メートル以上を飛行して米本土西海岸の都市部を爆撃する。アリューシャン列島と米本土西海岸を往復する超長距離爆撃の予定を組んだ。敵機に捕捉されて帰投が絶望的な場合は自機を放棄して落下傘で脱出する。西海岸に潜伏してゲリラ戦を展開する覚悟を携えた。そのために一週間分の水と食料を備蓄して機関短銃と軍刀も携行する。
今更に米本土西海岸を爆撃しても効果は薄いと見込まれた。なぜにと疑問をぶつけられる。彼らの後はZ計画による超重爆撃機が続いた。高度1万メートルの長距離と長時間の飛行が機体と搭乗員にどのような影響を与えるかを調査しておきたい。同時に米本土西海岸の警戒態勢がどうなっているか確認することも込められた。米軍が警戒を増すという指摘もできる。太平洋戦線に投入できる戦力の低減に期待できると返した。
「なんだ全員が揃っているじゃないか。自由に過ごせと言っただろう」
「はい。したがって、自由に過ごしています」
「まったく、お前たちは言うことを聞かない」
「しっかり聞いてますよ」
「島を散策すると言ったって強風で何も見えやしません。ドン曇りの中で運動もつまらない」
「だったら、愛機の整備を手伝うって決まりですよ」
「そうか。お前たちが希望するなら止めやしない」
若い者を預かる身としては本番に備えて確認を怠らない。いつでも祖国のために死する覚悟であるが無駄な死に方は御免被った。若い者だけでも生かすために愛機の手入れは欠かせない。アリューシャン基地に所属する整備員は過酷な環境下で一定の稼働率を維持すべく知恵を働かせた。北海道から高速輸送艦の直行便が運航されるが遅延と運行見合わせは日常茶飯事である。整備員の腕を信頼していないわけではないが最後の詰めは自分が行わなければ安心できなかった。
いざ格納庫に来てみれば部下たちが整備員の作業を手伝っている。ある程度の知識と経験を有すると雖もプロを邪魔してはならず、重量物の運搬や部品の清掃など比較的に簡単な作業を買って出た。せっかくの自由なのだから勤めから離れても良いにもかかわらず、愛機の手入れに集合してしまうのは癖なのかもしれず、日本人の団結力の高さを証明しよう。
「火竜の調子はどうだ。与圧キャビンに排気タービン式過給機など新しいことが多い」
「えぇ、おかげさまですこぶる快調です」
「感謝されるようなことはしていない。私が頭を地面にこすり付けたい程なんだ」
「何を仰る。大剣幕を落としたでしょう。自ら輸送機を操縦して部品を取りに行くと…」
「あぁ…お恥ずかしい限り」
「いえいえ、かような大剣幕は親父にも落とされたことがありません。あなた方の火竜は必ずや米本土西海岸まで飛ばしてみせます」
「ありがとうございます」
第114飛行隊は事実上の専用機であるキ74Ⅲこと『火竜』を運用した。高高度長距離偵察機という区分だが百式司令部偵察機の派生機になる。百式司偵が優秀過ぎる故に後継機開発は難航を余儀なくされた。そのためか戦略爆撃機に転用する案が浮上してZ計画に組み込まれる。表向きはZ機開発に際して与圧キャビンや排気タービンなど高高度を飛行するに必要な装備を確かめる試験機だ。これに爆装を与えて米本土西海岸を往復爆撃することで生きたデータを採取する。米国市民に直接攻撃の恐怖心を植え込んだ。
火竜は初めての実用的な高高度と長距離を飛行する航空機のため豪華を極める。高高度でも快適に過ごすことができて業務に集中するための与圧キャビンに始まった。高高度における出力低下を防止する排気タービン式過給機を備える。肝心の発動機は日立ハ52(ルⅡ)を採用した。最大3000馬力を叩き出すモンスターエンジンも信頼性を重視して常時は2200~2500に抑えられる。本来はターボプロップのネ202を搭載予定だが、作戦に間に合わないことは明白のため、Z計画の予備案を試すことも含め、従来型のエンジンに排気タービン式過給機を与えた。
与圧キャビンも排気タービン式過給機も諜報員が入手した先端技術を模倣を経て国産化している。この途中でフィリピンで鹵獲したB-17に実物が備えられていたことも重なった。技術者たちの執念と職人たちの技術が融合して少数の生産を手繰り寄せる。
「明日は50番2発を積載する予定だが、はたして、飛ばせるか不安で仕方がない」
「そんなの、私らも一緒です。こんな得体の知れない物をいつでも飛ばせるようにしておけって」
「悪い」
「誤ることはございません。それが整備屋の仕事なので職人を貫徹するのみ」
「高度1万という高高度を最大爆装状態で長時間に長距離も飛行する。一機も脱落しないことを祈るばかりで己の不甲斐なさに怒りを覚えてきた」
「訓練で飛んでいたのでは?」
「米本土西海岸を往復することは全く違う。せめて西海岸に到達したい」
「やめてくださいよ。太平洋を泳いで帰ってきてください」
「う~ん。トンカチなんだ。だから陸軍航空隊を選んだんだが」
整備班の班長と飛行隊の隊長は部下たちが忙しなく動いている様子を眺めた。引率する立場同士の会話に責任感を見出す。航空機の整備を行う者は戦闘に直接的にこそ関わらなかった。機体の性能を最大限まで引き出せなければ搭乗員は戦死しかねない。そもそも論で真っ当に飛ばせないと戦闘以前の問題が浮上した。飛行隊長は戦闘に直接的に関与して全体を俯瞰しながら適切な指示を飛ばす。1秒でも誤れば人命が無駄に放散した。お互いに業務こそ違えど理解はできる。
「どうです? 一杯」
「仕事中に…」
「自由時間と言ったのでしょう。水で薄めてますから」
「お言葉に甘えて…」
それは別れの杯か。
続く




