第105話 六号重戦車『皇虎』
イギリス軍は根拠のある自信に満ち溢れた。マレーとシンガポールで受けた屈辱を晴らすべく、日本軍の研究を怠らずに対策も講じており、旧来の蔑視を捨てドイツ以上の難敵と認める。アメリカに恩を売る格好だが大量の武器弾薬の供与を受けるだけでなかった。援軍を頂戴することに成功している。もはや負けるはずがないと胸を張っても戦争事は慎重に進めた。
「シャーマンなら奴らの戦車を叩き潰せる。75mmがあれば」
「しかし、不気味じゃないか?」
「何がだよ。おじけづいたのか」
「いいや、慎重になっているだけだ。あれだけ空は騒いでいるのに陸は落ち着いている」
「想定外の奇襲攻撃で間に合っていないんだろう」
インパールからアキャブを目指すにあたり日本軍よりも前に地形が阻んでくる。高地の狭隘な道々は歩兵で進むに苦労が絶えなかった。重装備は運ぶことすらままならない。自前の装甲車や米軍より供与されたハーフトラック、トラックを千両単位を拵えた。イギリス軍も遅ればせながら機械化を果たす。しかし、日本軍はドイツ軍並みに機械化を浸透させた。現地改造も含めれば数え切れないほどの車両を確認できる。
それはさておいた。
無防備な歩兵を前進させてはいたずらに損害を出す。鋼鉄の鎧を身に纏って劫火の砲弾を吐き出した。戦車とはイギリスがタンクとして開発したのである。日本やアメリカ、ドイツ、ソ連が創造したとは言わせなかった。イギリスが発祥の自負を抱える。旧態依然とした歩兵戦車の思想が蔓延した。チャーチル歩兵戦車が主力を務めている。その名称通りに歩兵を守る戦車のため防御に特化した。主砲は6インチ砲こと57mm砲を搭載する。これは決して悪くないが敵陣に穴を開けるには不足が否めなかった。
「いつでも来やがれってんだ。俺たちは北アフリカでドイツ軍と戦った」
「ドイツ軍と日本軍は真反対どころか全く別個の軍隊である。敵を侮るな」
「わかってる。こう威勢の良いことを言わないと士気にかかわるじゃないか」
「多少は正論だがやり過ぎるな。俺はマレーで地獄を見た」
アメリカより供与されたM4中戦車とM3軽戦車を前面に充当する。M4中戦車はアメリカの象徴たる戦車で合理主義を押し立てた。75mm戦車砲は徹甲弾による対戦車と榴弾による対地、榴散弾による対歩兵の三拍子が揃う。7.62mm車載機銃は弾幕を構成して高い制圧力を発揮した。装甲は歩兵戦車ほどではなくとも車体は傾斜装甲で実際は厚かった。さらに、砲塔の防盾は分厚く設けられている。ドイツ軍の75mm戦車砲でさえ有効打を与えられなかった。
日本軍の戦車は機動戦で圧倒してきたが、M4のシャーマンの敵ではないと自負し、警戒は怠らないが負け犬精神は追いやろう。各戦車長はキューポラから僅かに頭を出した。日本軍は木々に狙撃兵を配置する。リーダーらしき兵士を正確に排除した。車内に完全に隠れた状態で潜望鏡を用いることが最高だが索敵能力は確実に弱まる。
「停止! 停止!」
「なんだ、なんだ」
「どうしたってんだ。急に叫ばなくても」
「泥濘だよ。昨晩の大雨でぬかるんでいる。このまま進めば嵌まりかねない」
「シャーマンなら突破できるだろ」
「賭けは嫌いな性分だ。紅茶が足りないのか?シャーマンにも湯沸かし器がある」
「そうだな。今日はセイロ…」
M4戦車の一団は目の前に広がる泥濘を前に静止を余儀なくされた。局所的な短時間の大雨により大地は最悪の泥濘と変わる。戦車が進軍を止めるぐらいはぬかるんでいた。M4の重量は中戦車の範囲内である。英国紳士はギャンブルを嫌った。ゆっくりと確実に突破しよう。迂回路を探すか後続部隊の支援を待つかで苦悩した。紅茶を飲むためにお湯を沸かそう。
M4の数両が一様に吹っ飛んだ。
「側面だ! シャーマンの弾薬庫は側面にあることを知っていやがる!」
「敵の6ポンド砲か!」
「ここでもゲリラが潜んでいるってのかよ! 日本兵はどこにでもいやがる!」
「いや、違うぞ…この音はアハトアハト!」
「馬鹿言うな! ドイツから輸入したってのか! あり得ない!」
(それがあり得るんだな。ドイツのティーガーは日本で皇虎と変わる)
「ティ、ティーガー! なぜここに!」
北アフリカ戦線を経験した者はドイツ軍機甲部隊と死闘を繰り広げる。ドイツ軍の四号戦車はM4の登場より恐れることもなくなった。しかし、天敵は突如として現れる。伝説の重戦車は畏怖を集めた。その主砲はいかなる装甲をアウトレンジから打ち破る。その装甲はいかなる火砲を受け付けずに弾き返した。北アフリカ戦線に勝利を収める。伝説の重戦車は確かな恐怖を植え付けていった。
「皇虎の初陣だ。エンジンを鳴らせ、88mmをぶっ放せ、角度をつけて弾け」
「こいつは中戦車じゃないぞ。六号重戦車なんだ。中戦車ごときにやられるか」
「徹甲しか込めるな。敵陣の蹂躙は明日以降にする」
「全車前進! 敵戦車を確実に仕留める! 泥濘に足をとられるなよ。回収は面倒だ」
「それきた近距離でやり合おうや」
誰がインパールの前面にドイツ陸軍の六号重戦車ことティーガーⅠがいると予想しよう。ティーガーⅠは戦車の歴史に名声を刻み込んだ。その見た目は角ばって無骨である。T-34のような洗練は見られなかった。彼の戦闘力は当時の戦車の中で最強を誇る。
連合国軍を一方的に撃破する88mm高射砲のアハトアハトを本格的な戦車砲とした。これは1000mの距離から全ての戦闘車両を撃破できる。M4も例外でなく車体前面を易々と貫かれた。今日は正面切っての殴り合いに晒されない。最も脆弱な側面を衝かれるは待ち伏せに遭った。最も酷悪な状況に置かれて忽ち瓦解し始める。側面も強固な戦車は存在しないが、M4は車体側面に弾薬庫を配置しており、47mm速射砲の一撃も脅威だった。追加装甲を増設して湿式弾薬庫を採用することで軽減されるが後期型の更新を待たざるを得ない。
「うおっ!」
「やりやがったなぁ…」
「無事か!」
「えぇ。ちゃんと弾いてくれましたが衝撃は避けられません」
「ちいと頭をぶつけましたがピンピンしております。とにかく徹甲弾をください」
「はいよ」
ティーガーⅠは東部戦線とイタリア戦線に投入された。あくまでも、正規量産型の話に過ぎない。まだ開発時点の極初期型は数量が日本へ輸出された。日本はドイツ製品を輸入すると技術を模倣してから吸収を図る。そして、独自の改造ないし改良を試みることに定評があった。潜水艦に分解の上で積載されると長い航海を経て大地を踏みしめる。砲塔から履帯まで徹底的に調べ上げた後に複製品が作成された。主に足回りで弱点を洗いざらいと出し切る。日本も重戦車を幾つも計画しては試作してきた。ドイツに負けないノウハウを有して独自に改良を試みた。
かくして、和製ティーガーⅠと言うべき六号重戦車こと『皇虎』が産声をあげる。米本土上陸作戦に用いる前に実戦で慣らしと言わんばかりだ。石原莞爾の差し金よりインパール作戦の切り札に投じられる。イギリス軍がアメリカ軍の戦車を多数動員したことは事前の諜報活動から判明していた。これに対抗するだけでなく精神的な圧迫を加える兵器を欲する。
「3時のやつだ。二発目を貰っても耐えられるぞ」
「撃たれる前に…撃つのみ」
「装填完了。どうぞぉ」
「てっ!」
特有の轟音と共に徹甲弾が吸い込まれていった。徹甲弾は被帽と仮帽を与えられて傾斜装甲に対抗を得る。車体正面の傾斜装甲にしっかりと食いついた。88mm徹甲弾はM4シャーマンを一種にして鉄屑と変える。戦車兵が脱出する間も与えなかった。まさに阿鼻叫喚と75mm砲と7.62mm機銃を乱射しながら後退するも逃すわけがなかろうに。
「前進! インドの虎は獲物を逃さん!」
続く




