第104話 地獄のインパール作戦
~ビルマ・アキャブ~
私は史実の世界において最も酷悪な作戦を展開しようとしている。
「これよりインパール作戦を開始する」
インパール作戦と聞いて震える者は数多くいた。日本軍をこえて世界各国の軍隊が展開した作戦の中でも群を抜こう。あまりの過酷さから地獄が不適当に思われた。本世は全く違うことを先に宣言しておきたい。ビルマのアキャブ総司令部から防衛戦を指揮した。実はイギリス領インドのインパールはとっくの昔に制圧を終えている。ビルマ作戦から発展したインド方面への攻勢は破竹の勢いだ。イギリスと秘密交渉を通じて暗黙の休戦協定を結ぶ。
イギリスはドイツの相手に精一杯で本国防衛も覚束なかった。東洋の植民地に大戦力を展開できる程の余裕は残されない。日本もアメリカとイギリスを二正面で相手することは到底不可能だ。したがって、インドを緩衝地帯に定めて一時的に戦闘を止めざるを得ない。イギリス正規軍が退いたことを確認次第にインパールまで進出してアキャブと結ぶことで戦線を構築した。
イギリスは北アフリカ戦線に勝利を収める。イタリア本国を攻め始めると余裕が生じ始めた。アメリカに突っつかれながら恩を売りつけよう。インド方面の反撃を計画した。アメリカが太平洋戦線で苦しんでいる。インドを刺激することで挟撃の構えを採った。日本に息もつかせない連撃を以て疲弊を強いる。なるほど、よく考えたかもしれないが、インドはそう簡単にいかないものだ。
「敵軍の動きはマルッとわかります。インド人の反英感情を利用して即席の諜報員に仕立て上げた」
「聖戦に参加せよと言えば簡単についてくる。どれだけ捕縛されようと人口は揺るがない。英軍が無理に市民を捜索すれば感情は高まるばかりだ。むしろ、日本の民族協和に賛同してくれて一層に工作の協力を申し出る」
「閣下には敵いません。まさに戦争の天才です」
「戦争は単純に火薬を吐き出すことに限らない。諜報も立派な戦争だ。罪なき市民というが、1ミリでも参加すれば戦争の一員であり、壮絶な最期を迎えようと知ったことでな」
「ここだけにしておきます」
「頼むよ」
イギリス本国の正規軍がマダガスカル島を経由して遠路はるばるとインドに到着する。彼らはマレー半島とシンガポール、ビルマの戦いを通じて日本軍の怖さが身に染みた。東洋の猿真似軍団と侮ることは止めよう。新鋭のチャーチルと供与のM4を揃えた。25ポンド砲を筆頭に砲火力も増強を図る。制空権を奪取する英雄機スピットファイアや万能機ハリケーン、戦闘爆撃機ボーファイターが大集結した。
これで負けるはずがないと踏んだ割におそまつが否めない。海路も陸路も空路も全てが見透かされた。インドで一方的に使役する対象の現地市民の中に諜報員が紛れる。現地出身者という特性を生かして群衆の中に潜伏すると監視を掻い潜った。日本製の通信機器を駆使して生きた情報を絶えず供給する。もちろん、一定数がスパイ容疑で捕縛されてしまうも母数が圧倒的に多かった。どれだけ捕縛しても即席の諜報員が尽きることはない。イギリスは情報戦をどこよりも重視していたはずが石原莞爾という個人に敗れた。
「インパールとアキャブに戦力を集中させる。敵の隙を窺いコルカタを強襲して背後を脅かす。セイロン島からマダガスカル島を落とすなどの欺瞞情報を撒けばだ。インパールどころでなくなる」
「そう動いてくれるか未知数です。全力を尽くします。早速ですが前線視察に…」
「お前はここで私の補佐に総力を注げ。そして、敵が動いてくれるのを待つのではない。こちらから否が応でも動かざるを得なくさせる。絶望的な戦力差があろうとも関係ない。敵を思い通りに動かせれば必ず勝てるんだ」
「承知いたしました」
戦争の天才を正真正銘を我が物とする。
~インパール航空戦~
「スピットファイアを中高度にハリケーンを低高度に配置したか。なるほど、三式と四式の重戦闘機隊がスピットファイアに追われて急降下した先で待ち構えていた」
日本軍も英軍も制空権に執着した。空の覇権を握った者が勝利する。ビルマ航空戦は歴史に残るキルレシオで日本軍が圧勝した。10対1というスコアが繰り返されることがあってはならない。英空軍はバトル・オブ・ブリテンの英雄であるスピットファイアの後期型を投じた。凡庸なハリケーンは低高度に配置する工夫を凝らそう。
日本陸軍の主力戦闘機は空冷発動機の軽戦闘機と液冷発動機の重戦闘機の二本立てだ。これに局地戦闘機や双発戦闘機も加わるが軽戦と重戦を基本にする。どちらも甲乙つけがたい優秀を見せつけた。連合国軍の戦闘機と爆撃機を片っ端から撃墜する。無敵伝説がいつまでも続くわけもなかった。米軍を中心に対抗策を講じられると封じ込まれる。さらに、最近は米軍の最新鋭機を確認して自軍の重戦闘機を凌駕してきた。
「なんだ、あれは。見たことがない」
「イギリスの紳士にしちゃ強引な飛行です。米軍の新型機に間違いありません」
「高高度には新鋭機を置いてくる。なんて奴らだが加藤隼戦闘隊は負けん!」
「三式戦と四式戦にはじき出された機体を狙いますか?」
「そう行きたいが、こっちを狙ってくる動きだな。構えろ」
「了解」
「隼五型を舐めるなよ」
インドからビルマを奪還する反攻作戦は英軍主体だが所々に米軍も混じっている。北アフリカ戦線の勝利から溢れた余剰戦力を抽出した。ドイツ空軍ことルフトヴァッフェと激烈な空戦を経て鍛え抜かれる。彼らにP-40やP-39といった旧式機を与えては勿体なかった。本当はニューギニアとオーストラリアの戦いに投じたかったが海上封鎖により太平洋戦線に投入は叶わない。
「なんて強引な連中だ。しかし、素人同然だな。この隼は低空で逃げ回るだけじゃない!」
「スピットファイアも来る!」
「あわてるな! 隼の足の長さを忘れるな! 敵機を振り回して疲れた時が好機!」
陸軍はいち早く航空無線を整備した。小隊単位から中隊を経て大編隊単位まで円滑な連携を可能にする。ビルマ戦線を戦い抜いた最強の加藤隼戦闘隊は最も効果的に運用した。全員が全員を補い合うことで隙をなくす。元より腕利きのベテランぞろいだ。少なくとも100機を撃墜する大戦果を挙げる。一式軽戦闘機『隼』は開戦から運用するも未だに一線級を誇った。万人受けする癖のない操縦性と軽快な機動性は廃れない。
重戦闘機が幅を利かせて局地戦闘機も実質的に主力戦闘機に昇格する中で異例の運用継続が決まった。さすがに初期型の貧弱な火力と防弾設備はいただけない。隼五型という最終生産型は20mm機関砲(ベルト給弾)へ換装した。搭乗員保護の防弾板とガラスは厚さを増す。燃料タンクも難燃ゴムを纏うなど防御力も改善した。
「三式と四式を無視してくるか。俺も舐められたものだな」
「押し出したところを…」
「いや、単独でやれる。隼の恐ろしさを知らないようだ」
「わかりました。いつでも入れるように待機します」
高高度から一気に降下して銃撃してくる様子に米軍機の堅牢さを知る。無理な降下にビクともしなかった。多量の中口径弾を撒いてくる光景は恐怖心を掻き立てる。最強の軽戦闘機は落ち着き払った。降下によるエネルギーを攻撃に転用することは米軍機の常套手段である。しかし、低空の覇者である隼に食らいつくことは愚行を極めていた。
「アフリカで砂に塗れたのだろうが我々はビルマの泥に潜った。戦地により戦い方は一変する」
アメリカンなハイパワーをフル稼働させる。無理やり食いつこうにも離されるばかりだ。絶大な信頼を寄せるフィフティーン・キャリバーも不発に終わる。あっという間に距離を離されたかと思えば急上昇ときた。
「少し頭は働くようだが遅い。もう動く気力はなかろうに」
隼の急上昇に合わせようとせずに低空を這う。ここで追従すればエネルギーを失って忽ち失速した。いつの間にか兎を追う狼から隼に追われる小動物と変わる。敵機の上空でヒラリと華麗な下降を見せるは狩りの動きだ。なんと哀れなことか米軍最新鋭の重戦闘機は古豪の軽戦闘機に打ち砕かれる。インパールの大地に消えていった。
「燕と疾風に負けていられんのだ」
続く




