第102話 食事中も作戦会議
「いただきます」
石原莞爾は陸軍大臣の座から降りても不変の権威を誇った。陸軍司令部にて質素で豪華な食事をとる。最前線の将兵は石原食堂と呼ばれるフィールドキッチンのおかげで温かな飯を食えた。時には缶詰ばかりの日もあって内地の食事を羨望する。石原は最前線の者が碌に食えない中で豪華な飯が食えるかと質素な食事を所望した。
「それでギルバート諸島とマーシャル諸島は撤収できたか。簡易空母を送ってもよいぞ」
「石原閣下のご心配には及びません。潜水艦による移送は順次行われており、今日か明日にはウェーク島に到着予定であり、同島よりマリアナとグアムに振り分ける予定です」
「それでいい。米豪遮断作戦は米軍の大反攻作戦の片方を潰した。もう片方を仕掛けさせるための誘導だ」
「もう片方とは?」
「不勉強だな。情報部の報告書を読み込んでおけ」
「申し訳ございません」
腹心である辻を筆頭に各方面の副官たちと食卓を共にする。彼は意外と身内に温厚らしく個々での独立した食事を嫌った。時間が合えば会議を兼ねて一緒に食する。変に張り詰めた空気の中で行う方が腹に抱えた声を出すことができないのだ。
今日の献立は質素だが充実している。玄米を混ぜた白飯に沢庵、サトイモやニンジンののっぺい汁、切り干し大根の煮物というラインナップだ。野菜を中心とした健康的な食事だが、日替わりで魚料理や肉料理も提供される。記念日には特別献立の特製料理が振る舞われた。時代が時代な故に前世世界の現代とはかなり異なる。近代的な農薬をあまり使用していない自然の味に美味を覚えた。最後にはデザートの甘味たる羊羹が出される。
軍人たるもの食事の作法を弁えた。高級将校の食事は会議並みに張り詰める。石原閣下は堅苦しさを嫌った。多少はお目こぼしである。そうでなければ頭が要らぬ所へ働いて知恵を絞り出すことは困難だ。あくまでも、食事の場は作戦会議の舞台を兼ねる。
「マッカーサーの身柄はフィリピンに置いた。アメリカは抗日派勢力と接触してマッカーサー救出を図りたい。オーストラリアが事実上の陥落を得た以上は太平洋中央部から攻め込まざるを得ない」
「ハワイを起点にマーシャル諸島、ギルバート諸島を攻め落とし、前線拠点と変えるわけですか」
「そういうことだ。我々は計画的・段階的・組織的の三拍子で撤収する。ニューギニアやビスマルク諸島も同様に縮小を予定した。海軍のトラック泊地が突出する形だが真田丸の恰好にしたい」
「読めましたぞ。まずはハワイから主力艦隊と大兵力を引き出す。次に太平洋中央部で消耗を強いる。最後にトラック泊地など大決戦を展開して一挙に撃滅する」
「大枠はその通りだ。最後の一押しや漸減に関しては研究中である」
つい先日に把握したマーシャル諸島とギルバート諸島の機動空襲は本格的な攻略とは見ていなかった。米海軍が新進気鋭の空母艦隊を運用するに際して習熟度を確かめる。実戦形式の試験であると分析した。機動空襲は小規模で二度の攻撃で終わる。現地守備隊は堅牢な陣地に引き籠った。被害という被害は出ていない。しかし、米機動部隊が復建を完了して大規模な攻撃に訪れた場合は容易く粉砕された。
陸軍は海軍と協議した上で両諸島の放棄を決定する。太平洋中央部の監視所と機能してウェーク島を間接的に支援したが、今頃になって、守備隊強化と艦隊派遣の決戦から得られる成果は少ないと見積もった。ウェーク島も当初は重要拠点と見做されると先行して計画的で組織的な撤収が予定する。
各員の頭には糖分が送られた。地図を円滑に描くことができる。太平洋の地図にアリューシャン列島からニューギニア西部にかけて一本の曲線を引いた。この線こそが石原莞爾の提唱する最終決戦ラインらしい。米軍を敢えて奥深くまで引き込むことで消耗を強いた。最後に島嶼部の基地と海軍の大艦隊が米軍と日米最終決戦を展開する。
「どこかの日に山本さんとも食事をせんといけない。大和に乗り込んでみるかな」
「お供いたしましょうか」
「いや、私の単身で構わん」
白飯のおかわりを所望して平和ながら知恵に満ちた食事は続いた。
~マーシャル諸島・メジュロ環礁~
「誰もいないのか」
「気を付けろ。日本兵はどこにでも潜んでいる」
マーシャル諸島のメジュロ環礁(別名マジュロ環礁)は無人である。日本の委任統治領に含まれるが、特段の事業は行われなかった。米軍は環礁を前線基地に変えようと画策する。南太平洋の制海権を一挙に喪失したことで中部の制海権を奪還する必要に追われた。マーシャル諸島の環礁を開発して艦隊が駐留して簡易的な修理と補給を行える基地にする。
いつまでも、ハワイから艦隊を派遣していては効率が悪かった。艦隊が移動中を敵潜水艦に雷撃される事態は多々もある。安全な前線基地を設けて大反攻作戦の足掛かりにした。メジュロ環礁は海兵隊が制圧を試みるがあまりにも静かでピクニック気分が否めない。
「くそったれが。トラクターが嵌まりやがった」
「あまり良い大地ではないようだ。戦車なら走破できる」
「M3軽戦車を出してくれ。戦車の主砲と装甲が頼りだ」
「揚陸艇が向かう。少し待て」
LVTという水陸両用車がスタックした。とりあえず歩兵を下ろすことができれば御の字とする。このまま歩兵で進撃しても良いが装甲の盾とM3軽戦車を要求した。戦車としては非力だが、対歩兵では極めて強力と評価する。上陸戦において橋頭保を確保するに最高の助っ人だ。
米軍も日本軍の大発のような上陸用舟艇を運用する。戦車揚陸艦という大型を投じて円滑な揚陸を手繰り寄せた。艦砲射撃により妨害の障害物は排除を終えている。珊瑚に突っ込まないようにゆっくりと確実に移動していった。
「機雷だ!」
「除去したんじゃないのか!」
「LVTは通過できたんだぞ。運が悪すぎやしねぇか」
「くそ! 戦車揚陸艦と戦車の残骸が邪魔だ!」
「泳いで渡れってか」
彼らの目の前で戦車揚陸艦は真っ二つに割れる。誰の目から見ても明らかな被雷だった。砲撃と爆撃の音は欠片も聞こえない。ただ単純に機雷が作動して舟底を突き上げた。上陸開始前に全木製のPTボートが掃海作業を行ったはずではないか。LVTが通過して機雷は作動しなかった。なぜ戦車揚陸艦だけに反応したのだろうか。日本軍の仕掛けた狡猾な罠が垣間見えた。
メジュロ環礁には隙の生じぬ二段構えが講じられる。PTボートが掃除したのは古典的な浮遊式の小型機雷だ。主に上陸用舟艇の接近を阻止するために用いられる。安価に大量生産が可能な故に簡素を極めて除去も簡単なことだ。米軍は数時間をかけて掃除し終える。珊瑚に隠れる形で刺客が潜んでいた。大型の揚陸艦に反応する沈底式の機雷が敷設される。これは水圧の変動を感知すると信管が作動して炸薬を点火した。
「最悪の日だぜ。すぐ乾くとあり難い…」
「おい! しっかりしろ!」
「どうしたぁ!」
「エドが珊瑚に足を取られて溺れてる!」
「だから言ったんだ! 小銃と弾薬は最小限に抑えろって! 全員気を付けろ!」
上陸は人力で継続される。小型舟艇ならば突破できるだろうが、万が一のことを考え、兵士たちは泳いで渡らざるを得なかった。新型小銃のM1ガーランドは従来のM1903より重量を増している。これを可能な限りに水没させないように泳ぐことは体力を著しく消耗した。さらに、足元は悪く珊瑚や障害物に掬われかねない。バランスを崩して溺れる者が続出した。仮に突破できても裂傷を抱えて痛みに苛まれて感染症のリスクを抱える。
「俺たちは捨て駒か!」
続く




