第101話 キャンベラ総攻撃
オーストラリアの落日はいつか。
それは今日だ。
「全軍総攻撃を開始せよ。キャンベラを燃やせ、オーストラリアを落とせ」
猛将軍こと猛功雲大将の一声で総攻撃が始まる。オーストラリアの大地を踏みしめるは多数の中国兵と少数の日本兵だった。オーストラリアの大地を中華の大地に見立てたことは未だに冗談と知られる。いいや、あながち間違っていなかった。オーストラリア東部の要衝を強襲すると忽ち浸透していく。
彼らは何と言っても兵量に物を言わせた。オーストラリア軍が脆弱なわけもない。イギリス軍が残した兵器を巧みに操った。アメリカのレンドリースを糧に堅牢を誇る。祖国の大地を汚されないという気概も加わった。今まで戦ったことのない中国軍は異質を極めて日本軍の近代戦に中国の古典が融合している。
とはいえ、敵首都を落とす以上は火力の集中が求められた。まずは地上の重砲と野砲、噴進砲が嵐の如き砲撃を行う。これまでの火砲をよく揃えたものだ。中華の歴史に裏打ちされた技術が存在する。日本の近代を含めつつも古来より承継する人海戦術を磨き上げた。
「砲撃を加えながら兵士を突撃させる。これが最も有効な突撃である」
「一歩狂えば悲惨なことになります」
「お前の考える悲惨とは毛ほどのことでない。中華の戦い方は昔からそうだ」
「なるほど、勉強になります」
最前線の兵士たちは雄叫びを挙げながら突撃を止めない。彼らの眼前を砲弾が落下するにもかかわらずコンマ秒も怯まなかった。一歩間違えればどころでない。砲弾の炸裂時に生じた破片の散弾と衝撃波の圧力に包まれた。砲兵隊が精密な砲撃を行うと主張しても到底信じられない。中国の戦法は常識で図ってはならないと痛い教訓を与えた。仮に誤射ないし誤爆が発生すれど戦死と一括りにされる。もちろん、正確に数えられることもなかった。戦に勝利すれば全ての問題は解決される。
「この中じゃ機関銃も撃てまい! 突撃ぃ! 止まった者から死ぬぞぉ!」
「一人討ち取った!」
「制圧を急げ! 生きている奴も逃すな! どうせ爆撃で消える!」
「やられた! 弾をやる…」
「欧米人が中華を侮るな!」
「お前たちが中華を堕落させた!その報いを受けろ!」
大軍勢は砲撃の中を掻い潜るのではなかった。一直線の最短距離で突っ切る。一見して無茶苦茶で無謀な突撃も考えられた。敵陣を制圧する際は必ず機関銃と歩兵砲、榴弾砲の阻止が立つ。特に国家の首都は威信を賭して死守の方針が定められた。日本軍は中華民国軍地上部隊を支援すべく、前線飛行場から高速爆撃機と陸上攻撃機、襲撃機を飛ばし、戦闘機も爆弾を積んで飛んでいる。空からの支援は手厚いがどうしても精密さに欠けた。
オーストラリアに居座る連合国軍は少ない火器を有効に使る。M2とM1918だけでなく、ルイス軽機関銃を持ち出す始末だ。本来は対戦車の37mm砲を即席の歩兵砲に変える。P-39戦闘機に搭載されていた37mm機関砲も一定の制限を加えた上で据えた。中華民国軍の突撃は兵隊の量による愚行と断じて挽肉を製造すると言わんばかり。
「俺たちにとって煙がアヘンのようなものさ」
中華民国軍の兵士たちは過去の蛮行を未だに許していなかった。主にイギリスであるが清時代にアヘンで国家を崩壊させる。全員の記憶に新しい屈辱の歴史だ。イギリスの仕業を拡大解釈して欧米人の蛮行と断定する。オーストラリアを蹂躙して報復の一端とした。
「制圧しました。敵兵は全員を射殺しています」
「それでいい。捕虜をとってもな」
「しかし、建物の中は難しいです。こっちが小銃で相手は短機関銃なので」
「あいにく、短機関銃は行き届いていない。小銃すら統一できていないんだからな」
「手りゅう弾を投げ込んで地道に潰していくしか」
「そう面倒なことは嫌いだ。工兵を呼んでいる」
「工兵? 我が軍にいましたか?」
「時には最新の技術を用いる。なに、不思議がることもないだろう。中華は常に世界の最先端を走っていた」
猛砲撃は機関銃や歩兵砲を操作する兵士を一時的に無力化する。砲弾の炸裂に伴う衝撃波と振動は身体を硬直させた。仮に踏み止まろうと爆発音は聴力を奪う。振動は視界を躍らせる。土煙は見通しを悪化させた。ただでさえ弾薬が乏しい中でめくら撃ちする度胸はない。それ以前に味方の砲撃の中を突撃してくる敵兵を理解することを拒んだ。戦争が究極的な非常識で非合理的と雖も幼少期から染み付いた合理的と常識が認めない。
我に返る時点でチェックメイトを打たれた。小銃の強烈な一撃を頭部か胴体に撃ち込まれる。一発ではなく数発という恨みを押し付けられた。自分たちは直接的な関係者じゃない。ただ国家が勝手にしたことも一切を問わなかった。国籍なだけで断罪に匹敵する。中華は眠れる獅子と言われたが、いざ起きてみれば、見境なく噛みついて回った。
「どこだ?」
「上の階はまだだな」
「任せろ。豚の丸焼きだ」
キャンベラの端でも苛烈な戦闘が行われる。建物を一つずつ潰していくのはくたびれた。兵士の数が多すぎる故に小銃すら統一できていない。日本製とドイツ製、ソ連製の複製品が溢れかえった。これで十分に武装した連合国軍兵士と戦うのは骨が折れる。部屋と部屋に手榴弾を投げ込むことも面倒が多かった。スペシャリストである工兵を呼び寄せる。
中華民国軍が近代化を推進する中で共産匪賊の制圧は未だに行われていた。特に建物を制圧する際は攻め込む方が不利である。敵兵は音を頼りに待ち伏せるのだから愚直に突っ込んでは被害を増すばかりだ。どれだけ兵士の数に余裕があっても無駄遣いは厳禁である。大量の兵士はよく考えて消費することが望ましかった。
「気を付けろよ。喉を焼かれるかもしれないからな」
「わかってる」
「手榴弾を投げてから突っ込む。支援は頼む」
上階へ到達すると小部屋が並んでいる。それぞれの部屋を制圧せねば安心できなかった。まずは量産型の粗悪な手榴弾を放り投げる。安全ピンを抜いてから2秒から5秒の間で炸裂することが逆に心理的な圧迫を加えた。建物の屋根からホコリが落ちるよりも前にドアを破ると地獄の業火を浴びせる。
「燃えろぉぉぉぉ!!」
(とても形容しがたい絶叫)
「ざまぁないな。アヘンで潰されるよりはマシだがな」
「消毒ってやつですか」
「あぁ、中華の歴史がお前たちを塗り替えてやる」
工兵は爆発物のプロフェッショナルと言われた。彼らが扱う物は爆発物に限らない。戦闘工兵と呼ばれる工作と戦闘を兼任する兵士は火炎を操った。背中に背負う金属製のボンベには燃料が充填される。農薬を散布する装置にも見えるが、口から一瞬にして高温の火炎を発射し、数メートル先まで業火を到達せしめた。いわゆる、火炎放射器だが狭い空間では絶大な威力を誇ろう。短機関銃や手榴弾よりも高い制圧力を発揮した。
火炎放射器は非人道的を極める。一度でも放射を被った途端に全身は焼き払われた。敵兵は苦悶が可愛く思える程の辛苦を味わった末に絶命する。全身の一部でも当たれば燃える故に幸運は機能しなかった。先の世界大戦時も塹壕を掃討するために使われたが、戦争を契機に技術の進歩は著しく進むと悪魔の兵器は加速しよう。仲間が敵弾に斃れることは幾度となく目にしてきた。まさか焼き払われるとは予想だにしていない。
「全員が対象だ。裁きを受けよ!」
中華の怒りは止まることを知らなかった。アヘン戦争を機に分割されたことの恨みを晴らすが如くの暴れっぷり。日本がオーストラリアの攻撃を中華民国軍に任せたことの理由がわかった。眠れる獅子を起こしたのは良いが大暴れをどこへ向けるか。丁度よくオーストラリアがあったわけだ。
キャンベラ総攻撃よりオーストラリア政府は決断を強いられる。
続く




