ユリウス・エルフォードの独白③
「……赦さないって、言われたわ」
ノクテリアから戻った夜。
寝室で並んで横になっていたとき、ミレイナが視線を伏せて、ぽつりと零した。
胸の奥が、鈍く痛む。
過去は変えられない。あの頃の彼女が犯した罪が、重いものであることも。
「......でも、当然だと思う。私は、それを受け入れなきゃいけない」
俺も、あの過去を赦せない。
それでも――彼女と共に生きると決めた。
「……そうだな」
短く返した声に、ミレイナの表情が揺れる。
「ねえ、ユリウスもそう思ってるんでしょう?……このままで、いいの?」
「……ああ、過去の君が犯した罪は、たしかに重い。赦せないこともある」
息を整え、言葉を選ぶ。
「でも――今の君は、あの頃の君とは違う」
「……いつの間にか、君を愛していた。気づけば、もう心が離れられなくなっていた。それが……事実だ」
過去の彼女への恨みは消えない。
人生を壊されたと言っていいほどの痛みも、今も残っている。
それでも――今のミレイナを、愛してしまった。
「私が、記憶を取り戻しても?」
その問いに、即答はできなかった。
だが、嘘もつきたくない。
「どうだろうな。でも……今の君なら、記憶を取り戻しても、前と同じにはならないと思う」
「君は変わった。自分と向き合って、何かを選ぼうとしている」
「だから……俺は、もう君を手放せない」
「……そう。そうだと、いいな」
掠れた声だった。
俺は手を伸ばし、躊躇うより先に――彼女の指が、俺の手を包んだ。
胸が、強く掴まれたようだった。
返事の代わりに、そっと口づけを落とす。
重なる呼吸。離れ際、細い銀の糸が引いて、理性が揺らぐ。
(……もっと、触れたい)
欲が、疼く。
だが、嫌がる彼女に無理やり触れた過去が、脳裏をよぎる。
(……違う。今は)
求められるまで、踏み込まない。
もし、またミレイナを傷つけることになったら。
俺は、もう二度と自分で自分を赦せなく自信があった。
(……耐えろ)
理性で、その衝動を押し留めた。
そのとき、ミレイナが苦しげに眉を寄せた。
(......いやだったのか......?)
冷や汗が額を伝う。
そして、ミレイナが俺の寝衣をつまみながら、小さく尋ねる。
「……もう、それ以上はしたくないの?」
血の気が一気に引くようだった。
「ちがう。……そんなわけ、ない」
俺は......彼女を気遣っているつもりで、不安にさせていたのか......?
「ごめん。不安にさせて……」
深く息を吸い、続ける。
「ずっと後悔していたんだ」
「前に――記憶をなくした君に、俺は酷いことをした。無理矢理……」
視線を逸らさず、言い切る。
「だからこそ、今は……大事にしたいと思ったんだ」
「ちゃんと、君の心が向いたときに……そうしたかった」
「今度こそ、大切にしたかった」
言葉を吐き出すと、胸の奥が少し軽くなる。
本当に......俺は愚かだ。
彼女のことを本当に思うのなら、まっすぐに思っていることを伝えればよかったのだ。
俺たちは、夫婦なのだから。
ミレイナ......君のことを、どうしようもなく求めているって。
彼女の瞳が僅かに揺れる。
「……なら、もう我慢しないで」
「私も……ユリウスを求めてる。今の私の意思で……あなたが欲しいの」
――ああ。
最後の理性が、音を立てて崩れた。
彼女を強く抱きしめる。
壊れそうなほど、熱を込めて。
(……ミレイナ)
唇が重なる。
確かめるように、何度も、深く。
理性が崩れたあと、もう抑える理由はなかった。
――ミレイナが欲しい。
(ミレイナ......ミレイナ......っ)
これ以上の言葉は要らなかった。
唇が重なり、互いの存在を確かめるように、何度も、深く求め合う。
そのたびに、肌が熱を帯び、呼吸が重なっていく。
これは、呪いかもしれない。
あるいは、洗脳に近いものかもしれない。
それでも、この瞬間に感じている想いは、確かに俺のものだ。
過去の俺がどう思おうと構わない。
この想いは、否定させない。
消えない恨みも、
消せない過去も。
それでも――
記憶を失った彼女自身に、強く惹かれてしまった。
もう、彼女なしには生きていけない。
肌に触れるたびに、熱を帯びていく。
熱と息遣いだけが、世界のすべてだった。
「……愛してる」
「私も……ユリウス、あなたを……」
言葉の続きを待つことはなかった。
俺たちは、深く、確かに繋がった。
それは甘く、熱く、逃げ場のない夜。
――赦せなくても、愛していい。
そう思えた、初めての夜だった。
ユリウスの愛は、救いであると同時に、
ミレイナを縛る鎖でもあります。
彼自身は、それを「愛」だと疑っていない。
だからこそ、無自覚で、逃げ場がない。
もし、ミレイナがそのことに気づいたら——
これは、また別の地獄の物語になるでしょう。
もしかしたら第二部書くかも。




