ユリウス・エルフォードの独白①
時系列としては66〜70話あたりのユリウス視点になります。
二人で、エルフォード侯爵家に帰ると決めた。
帰りの馬車の中、ミレイナはずっと窓の外を見つめていた。
何かを迷い、けれど決意を固めるように唇を開く。
「……ねぇ、ユリウス」
「ん?」
「私……やっぱり、ユーフェミア様に会いたい」
その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かが鈍く鳴った。
息が詰まるような感覚。
だが、心のどこかではずっと覚悟していた。いずれ彼女がそう言うと。
「……本気か?」
「ええ、本気よ。どうしても、話したい。……謝るだけじゃなくて、自分の言葉で、ちゃんと」
視線を逸らし、窓の外に逃げた。
胸に広がるのは、わずかな息苦しさと――認めざるを得ない自分の臆病さ。
(俺も、逃げてはいけないな……)
「……わかった」
絞り出すように応じると、ミレイナは少しだけ安堵した顔を見せる。
「ユリウス……」
「君がそうしたいなら、止めない。
……でも、どんな顔をされても、どんな言葉を言われても、君は逃げるな」
「……うん」
膝の上で組んだ彼女の手が、小さく震えているのが見えた。
(......ミレイナ)
――君だけに背負わせはしない。
俺もまた、赦されない側の人間だ。
この罪を共に抱いて生きる。
そう固く誓った瞬間だった。
***
エルフォードに戻って数日。
俺たちは今まで別々だった寝室を、一つにした。
すぐ近くにミレイナがいる。
肌のぬくもりも、吐息の甘さも、俺を見上げる眼差しも――すべてが愛おしい。
もう自分の欲望を抑えられそうになかった。
ベッドに横になると、ミレイナをそっと引き寄せ抱きしめる。
眠る前に、唇へ優しいキスを落とす。
穏やかで幸せな時間だった。
――なのに。
物足りない。満たされているはずなのに、どうしようもなく足りない。
飢えは深まるばかり。
(もっと......もっと欲しい)
だがそれ以上は踏み込めなかった。
だってそうだろう?
記憶を失った彼女に俺は何をした?
確かにあの時は彼女を恨んでいた。
自分のことなど綺麗さっぱり忘れて、平然と立っている彼女を見たとき。
――俺の地獄のような苦しみをなかったことにされた。
そう思えて、酷く腹が立った。
あれは、仕返しのつもりだった。
ミレイナにされたことを、俺もそのまま返した。
彼女がどれほど酷い女か、思い知らせるつもりで。
拒もうとする彼女に唇を重ねた。
その時、彼女の身体がわずかに強張ったことに気がついてしまう。
(……なんて、おぞましい)
その瞳に熱を湛えながらも、目を潤ませて必死に抗おうとするミレイナ。
その矛盾だらけの姿に、どうしようもなく胸の奥がざわついた。
こんな衝動が、自分の中に潜んでいたとは。
やめなければ――何度もそう思った。
それでも、俺は止まれなかった。
あの感情が芽生えた瞬間を、俺は今でも忘れられない。
この時にはもう、過去のミレイナと今のミレイナは別人――そんな風に感じていた。
惹かれていたのだと思う。
それから、あの療養の日々、なし崩しに重ねた夜。
現実は何ひとつ解決していないのに、まるで蜜月のように錯覚していた。
振り返れば振り返るほど、あの時の俺は最低だった。
あの時、ミレイナの気持ちを考えていたのか?
いや、俺の欲だけをぶつけていた。
浅ましい欲望を。
だから今度こそ大切にしようと思った。
だけど、俺はただの臆病者だった。
「大切にする」と言いながら、欲望を抑えきれず。
それでも言葉にする勇気はなく、ただ彼女から求められるのを待った。
――ずるい男だ。
自分からは踏み込めないくせに、抱きしめる腕だけは決して緩めなかった。
ミレイナの温もりを離せない。
その甘さに溺れながらも、なお渇きを覚えている。
こんな酷い感情を抱えていると彼女が知ったらどう思うだろうか。
......離れてしまわないだろうか。
少しの恐怖を感じていた時、辺境伯から返事が届いた。
(......いよいよだな)
ユーフェミア......。
過去の罪と向き合うときがきた。
俺にとっても、ミレイナにとっても。
それは決して甘い未来へ繋がるものじゃない。
けれど――逃げるわけにはいかなかった。
to be continued……。
罪悪感でぐちゃぐちゃになっている男が癖です。続き待っててね。




