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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
番外編

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IFストーリー(33話)――ふたりだけのメリーバッドエンド

33話のIFストーリーです。

もしミレイナたちが違う選択をしていたら、というお話です。

タイトルの通り、メリバエンドです。

閲覧注意でお願いします。

 朝の空気が、ほんの少しひんやりしていた。

 庭の草花は静かに揺れ、夏の終わりを告げる風が、二人の間をゆるやかに吹き抜けていく。



 ――あっという間に、一か月が過ぎた。



 長く感じる暇さえなかった。

 まるで、夢のように流れていった日々だった。



 ユリウスが隣を歩いている。

 もう何度も繰り返した、朝の散歩の時間。



 けれど、今日は少し違っていた。

 沈黙が、妙に重く感じられる。



 「……本当に、もう大丈夫なのか」



 ふいに、ユリウスが呟いた。

 問いかけのようで、確認のようでもあった。



 ミレイナは、小さくうなずく。

 その仕草ひとつで、彼は安堵したように見えた。


 「……そうか」



 歩みを止めたユリウスは、視線を落とし、しばしの沈黙を挟む。

 やがて、ためらいがちに言葉を落とす。



 「このまま、ここにいたい……そんなことを思ってしまうな」



 心臓が、ひとつ跳ねた。

 その言葉が、あまりにも自然に胸に染み込んでいく。


 ミレイナは、俯いたまま立ち止まる。



 (......私も、戻りたくない)



 そして、無意識にユリウスの手をとっていた。

 答えは返さなかったけれど、その心に浮かぶ感情は、彼と同じだった。



 この場所にいれば、余計なことを考えなくていい。

 触れられて、名前を呼ばれて、眠るだけでよかった。

 何も決めなくてよかった。



 ……その甘さが檻になることを、知っていた。

 けれど、その温もりを手放す方が、よほど怖かった。



 (私は、あなたがいないと、もう......)



 視線を上げると、ユリウスがじっとこちらを見ていた。

 静かに、まるで答えを待つように。



 ――戻らないと。

 そう言うはずだった。けれど、声は出なかった。



 代わりに、ミレイナは微笑んだ。

 そして、彼の手をぎゅっと握る。

 それだけで、彼はすべてを悟ったように息をつく。



 「……もう少しだけ、ここにいようか」



 その言葉は優しく、そして決定的だった。


 ユリウスは繋がれた手を強く握り返す。

 その温かさが、ゆっくりと絡みついてくる。



 「ここでなら、何も奪われない。何も壊れない。……ずっと、二人だけだ」



 囁く声は甘く、心地よく、逃げ道をすべて塞ぐ。

 ――それは約束にも、呪いにも聞こえた。




 そのまま屋敷へ戻ると、ユリウスが紅茶を淹れてくれる。

 香りが広がり、カップの縁から立ちのぼる湯気が視界をぼやかす。

 窓の外で小鳥が鳴く声も、遠い世界の出来事のようだった。



 食後には、ソファで横になる。

 彼の膝を枕に、指先が髪を梳く感覚にまぶたが落ちていく。

 「眠っていい」――低く優しい声が、意識を静かに沈めていく。




 (......もう、何も考えたくないわ)



 本当は、手紙の返事をしなければならなかったはずだ。

 外からの使いが、数度門を叩いた音も聞こえていた。

 でも、ユリウスの手が髪から離れない限り、立ち上がる理由はなかった。




 (......これが、幸せなのかもしれない)



 小さな胸の奥に、安堵と熱が入り混じる。

 触れる手の温もりが、心の奥の不安を溶かしていく。



 ユリウスの指先が、髪から肩へ、背中へとゆっくり滑り、

 そのたびに、甘くて熱い吐息が重なる。

 彼の腕の中で、時間は止まったかのように流れていく。



 雲が流れていく。

 風が、夏の終わりの匂いを運んできた。

 けれど、この庭の空気は、季節が変わってもきっと同じだろう。



 ほんの一か月のはずだった。

 けれど、それは終わらない蜜月になった。



 ――外の世界は、もう遠い。



 ミレイナはその事実を、静かに受け入れた。

 そして、ユリウスの膝の上で意識を手放す。



 薄れゆく意識の中、彼の声が耳に届く気がした。




 「......ずっと、一緒にいよう」


 「……もう、何もいらない」



 胸の奥で、同じ言葉が反響する。



 (私も、ずっと……あなたと)



 


 もう、外の世界も、時間も、どうでもよかった。

 ここにあるのは、二人だけの甘く、逃げられない檻――終わらなかった蜜月。



 明日も、明後日も、ずっとこのまま。

 互いの温もりを確かめ合いながら、二人はそっと寄り添い続ける。

 心の奥で、永遠に続く甘い時間を、そっと願って。






  ――ふたりだけのメリーバッドエンド。




何も解決してない!!笑

今回のIFは、本編では選ばなかった道です。

正直、当初はこの“共依存エンド”こそ描くつもりでした。

でも、書き進めるうちにミレイナちゃんたちが少しずつ変わっていって、あの結末に落ち着きました。


このIFは、もし成長できなかったら、もし甘さに留まることを選んでしまったら――そんな“あったかもしれない未来”です。

本編後に読むと、二人が歩いた道がどれだけ奇跡だったか、少しだけ感じてもらえるかもしれません。


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