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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

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最終話「無我夢中の愛だった」

 部屋の中は静まり返っていた。

 夜の帳に包まれながら、私はユリウスの隣に横たわっていた。



 ぬくもりがすぐそばにあって、何も言わなくても安心できる。

 今なら――この場所にいてもいいと思えた。

 彼の隣に、こうしていられることが、何よりも嬉しい。



 けれど、その心にふっと影を落とすように、灰桜色の微笑みが、胸をよぎる。


 

 「……赦さないって、言われたわ」



 静かに、でも確かに口にすると、ユリウスはほんの少しだけ目を伏せた。


 


 「そうか」


 


 「でも、当然だと思う。私は、それを受け入れなきゃいけない」


 


 ユリウスはしばらく黙ってから、ぽつりと呟いた。



 「……そうだな」



 私は、自嘲気味に笑う。



 「ねえ、ユリウスもそう思ってるんでしょう?……このままで、いいの?」


 


 彼は目を細め、私をまっすぐに見つめ返した。




 「……ああ、過去の君が犯した罪は、たしかに重い。赦せないこともある」


 「でも――今の君は、あの頃の君とは違う」


 


 その言葉に、胸がじんと熱くなる。


 


 「……いつの間にか、君を愛していた。

 気づけば、もう心が離れられなくなっていた。それが……事実だ」


 


 私は、そっと問いかける。


 


 「私が、記憶を取り戻しても?」


 


 ユリウスは、少しだけ眉をひそめたが、すぐに微笑んだ。



 「どうだろうな。でも……今の君なら、記憶を取り戻しても、前と同じにはならないと思う」


 「君は変わった。自分と向き合って、何かを選ぼうとしている」


 「だから……俺は、もう君を手放せない」


 


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 嬉しくて、息が詰まりそうになる。



 だけどーーすぐに別の感情が湧き上がる。



 (それでも私は、過去に人を傷つけた......)




 「……そう。そうだと、いいな」


 


 私はかすれる声でそう言って、そっと手を伸ばし、ユリウスの手に触れる。

 彼は驚いたように目を見開いたが、すぐに私の指先を包み込む。


 ぬくもりが、じんわりと伝わってくる。



 その温かさが、怖かった。


 でも、同時にーーたまらなく、嬉しかった。




 そして、優しくキスが落とされる。

 でも、それだけ。唇が離れたあと、彼は何も言わなかった。

 


 私の心に、寂しさが滲む。


 


 「……もう、それ以上はしたくないの?」


 


 私は、ユリウスの袖をつまみながら、そっと尋ねた。


 


 「……!」


 


 ユリウスは驚きと戸惑いの入り混じった瞳で私を見つめた。


 


 「ちがう。……そんなわけ、ない」


 


 彼は、深く息を吐いた。


 


 「ごめん。不安にさせて……」


 


 そして、低く静かな声で言葉を継ぐ。


 


 「ずっと後悔していたんだ」


 「前に――記憶をなくした君に、俺は酷いことをした。無理矢理……」


 


 私の目を見て、真剣な表情で言った。


 


 「だからこそ、今は……大事にしたいと思ったんだ」


 

 「ちゃんと、君の心が向いたときに……そうしたかった」


 

 「今度こそ、大切にしたかった」



 その言葉に、ミレイナの胸がきゅうっと締めつけられた。

 こんなに、こんなにも思ってくれていたなんて。



 赦されなくても、愛されてもいい、そう思えた。



 何より、私はーー


 彼を、ユリウスを......信じたい。

 目の前の彼の”瞳”は確かに熱を帯びている。


 


 「……なら、もう我慢しないで」


 


 「私も……ユリウスを求めてる。今の私の意思で……あなたが欲しいの」


 


 その言葉に、彼の迷いが、一気に崩れ落ちたようだった。


 


 彼の腕が強く、強くミレイナを抱きしめる。


 まるで壊れてしまいそうなほど、熱くて苦しいほどに。


 


 唇が重なり、互いの存在を確かめるように、何度も、深く求め合う。

 そのたびに、肌が熱を帯び、呼吸が重なっていく。




 ユリウスの手が、髪を、背を、ゆっくりと撫でていく。

 指先が触れるたび、心の奥の不安が溶けていった。




 衣擦れの音が小さく響く。

 それすらも、ふたりだけの空間に満ちる熱の一部のようだった。


 


 彼が触れるたび、肌の奥から熱が芽吹いていく。

 くすぐったくて、苦しくて、それでももっと欲しくなる。

 そのたび、ミレイナは、かすれた声で彼の名を呼んだ。




 もう、言葉なんていらなかった。

 肌の熱と、鼓動と、全身で愛を確かめ合う。


 


 気づけば、涙がこぼれていた。

 けれどそれは、痛みの涙じゃない。



 愛されたことを。赦されないままでも。

 愛せたことを、嬉しく思える涙だった。


 


 「……愛してる」



 

 ユリウスの囁く声はかすれていて、けれど、嘘ひとつなかった。


 


 「私も……ユリウス、あなたを……」



 言葉の続きを交わす前に、ふたりは深く、深く重なっていた。




 その夜。

 傷も痛みも、まだ胸の中にはあったけれど――



 それでも、たしかに、愛だった。


 


 外では風が、遠く木々を揺らしていた。

 でもこの部屋だけは、静かで、あたたかかった。

 



 初めて、自分の意志で、誰かを、心から求めた夜。


to be continued……?

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