73、あなたの隣にいて、いいのなら
話が終わると、私は静かに頭を下げた。
言葉を交わすことなく、そのまま部屋を出た。
廊下には、ユリウスが待っていた。
私の顔を見ても、何も言わない。ただ静かに並んで歩き出した。
(赦されなかった――でも、逃げなかった)
そう思えるだけで、少しだけ息ができる気がした。
そして――馬車へ戻ろうとした、その時だった。
ユーフェミア様が、ひとつ足を踏み出した。
そして、ユリウスのそばにそっと近づく。
人目を避けるように、顔を寄せて――何かを、耳元で囁いた。
(……何を話しているの?)
(気になる)
でも――
聞こえなくてよかったのかもしれない。
結局、その言葉は、わからないまま。
でも、ユリウスは一瞬だけ目を伏せて、静かに、そして確かに、頷いた。
それだけだった。
ユーフェミア様はもう何も言わず、穏やかな微笑みだけを残して背を向けた。
私たちは再び歩き出す。
そして、馬車の前に立ったとき――
ユリウスが、そっと手を差し出した。
私は、ほんの一瞬だけ戸惑った。
でも――
(……もう一度、この手を取っても、いいの?)
そっとその手を取る。
無言のまま、でも確かに、繋がれた手のひらに力がこもる。
そのまま、二人で馬車に乗り込んだ。
窓の外に、辺境伯邸の城壁がゆっくりと遠ざかっていく。
私は、ユリウスの隣で、ずっと目を閉じていた。
心の中には、赦されなかった痛みと、
それでも逃げずに伝えられたことへの、静かな安堵。
そして――隣にいてくれる彼の存在への、深い感謝が満ちていた。
ふと、自分の手を見つめる。
確かに繋いだその手の温かさが、まだ胸の奥で脈打っていた。
ふたりは、言葉を交わさないまま、帰る道を進んでいく。
けれど、繋いだ手は、ずっと――決して、離れなかった。
***
夜になった。
私は眠れずにいた。
天井を見上げながら、心の奥でまだ、ユーフェミア様の声が小さく響いている。
(赦されなかった……それでも、良かったんだ)
(ちゃんと、伝えられたから――)
きっと、この痛みは私のものだ。
それを抱えていくと決めたのは、他でもない自分。
(これで終わりじゃない。ここからが、始まりだ)
やがて、隣から気配が動く。
「……眠れないのか?」
ユリウスの低い声が、夜の静けさに落ちた。
私は、そっと彼の方へ身を寄せた。
「……話を、してもいい?」
ユリウスは何も言わず、私の髪を撫でた。
その手のぬくもりが、ゆっくりと、心の奥をほどいていく。
「今日は……ありがとう」
ぽつりとこぼれた言葉は、自分でも驚くほど素直だった。
「側にいてくれて……ううん、何も言わずにいてくれて……それが、すごく救いだったの」
ユリウスは、少しだけ息を吐いてから、私の肩を抱き寄せる。
その手は、何かを抑えるように、でも確かに、優しくて。
(私は、ようやく――過去から目を逸らさずに、ここまで来た)
(ユリウスの隣にいる今の自分が、少しだけ……誇らしい)
傷だらけの過去を抱えて、まだ迷いながらも、
それでも私は、今ここにいる。
ユリウスの隣に、私の居場所があると――そう思えた。
次回、最終回!
ユーフェミアの耳打ちの内容は番外編で明かしますね。ユリウスとユーフェミアにも確かに物語はあったので。




