72、ユーフェミア
二人きりになった部屋。
扉が静かに閉まる音がして、空気が変わる。
ユーフェミア様は、微笑んでいた。
けれど、その微笑みは、私に逃げ場を与えない。
淡い灰桜色の髪が揺れるたび、心がざわつく。
「……ミレイナ様。謝罪なら、私は聞きませんよ?」
柔らかい声だった。けれど、胸の奥を抉るような重さがある。
「え……」
「ふふ、やっぱり」
ユーフェミア様は、穏やかに笑う。
「だって突然のお手紙でしたもの。きっと、そうだろうと想像していましたわ」
「でも、それは――本当に、私のための謝罪ですか?」
静かな声が、突き刺さる。
「謝罪って……言葉にする方は、楽になれるでしょう?」
「でも――」
「言われる側は、また傷を抉られることもあるんですのよ」
その声は、とても穏やかだった。
それなのに、胸の奥をざくりと切り裂かれるような痛みが走る。
「……結局は、自分が楽になりたいからでしょう?」
ユーフェミア様の瞳には、一切の迷いがなかった。
「確かに以前、私は“赦すかどうか迷っている”とお伝えしましたわ」
「でも――」
「あなたの謝罪を受け入れるかどうかは、それとは別の話です」
その言葉は、静かに、でも確実に私の胸を締め付けた。
私は唇を噛みしめる。
「……そうです。私は、ユーフェミア様に……どうしても謝りたくて……どうしても話したくて、ユリウスに頼みました」
「勝手だって、都合がいいって、思われても……仕方ないです」
「自分のためなのかもしれない……きっと、そうなんだと思います」
胸の奥がぎゅっと痛む。
でも、目を逸らすことはできなかった。
「でも……」
私は、震える声で続ける。
「私は……あなたの気持ちも、努力も、“全部わかる”なんて、そんな軽々しいことは言えません」
「それでも……私は、あなたを傷つけた。謝るべきだと。それを、どうしても伝えたかったんです」
ユーフェミア様は、ふっと目を細めた。
「伝えたかった、ね……」
わざとらしく、優しい微笑みを浮かべる。
「ねぇ、ミレイナ様。それって、すごく……勝手だと思いませんか?」
その声は、とても静かだった。
けれど、確実に私の胸の奥に突き刺さる。
「私は……あれから何度も考えてきたんです」
「どうしたら、あなたを赦せるか」
「どうしたら、自分の心を、壊さずにいられるか」
「でもね、ミレイナ様」
「その努力は、“私のもの”なんです」
「あなたが今、謝ってくることで――」
「私の努力を、奪わないでいただけます?」
――違う。
「……奪う、つもりなんて……そんなこと……」
唇が震えた。
でも、ユーフェミア様はそれすら見透かすように、静かに告げる。
「……決めました」
まるで慈しむように微笑んでいた。
「私は、あなたを赦しません」
その声は、冷たかった。
でも、涙は出なかった。
(当然だ――)
赦されるなんて、簡単に望んではいけない。
謝罪は、私のエゴかもしれない。
それでも。
「……それでも、私は……伝えたかったんです」
「私は、あなたを傷つけた」
「そのことを、きっと私は一生――後悔します」
「だから……赦されなくてもいい。でも、逃げたくなかった」
ユーフェミア様は、しばらく黙って私を見つめていた。
やがて、ふっと微笑む。
その微笑みは、ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。
「……そう。逃げたくないのですね?」
「いいでしょう。私は、あなたを赦さない」
「でも――あなたが罪と一緒に生きるならーー」
「それは、それでいいのかもしれませんね」
ユーフェミア様は、さらりと髪を撫でた。
「ふふ……」
「あなたのことは、赦せないけれど――」
「……今のあなたは、少しだけ、好きですよ」
その言葉は、優しくもあり、残酷でもあった。
「私は、あなたを見ています」
「これからのあなたが、どう生きるのか――見届けさせていただきますわ」
そう言って、ユーフェミア様は立ち上がった。
私は、ただ静かに頭を下げた。
心の奥に、痛みと温もりが、入り混じったまま――。
ユーフェミアがある意味、ヒロインサイドですからね。
いつか彼女がヒロインの物語を紡ぎたいです。




