69、ほんの少しのさみしさ
目を覚ますと、温かな腕が私を包んでいた。
ユリウスの胸の中。
(……今日も、ずっと抱きしめてくれてた)
ほんの少しだけ身じろぎすると、
彼の腕が、迷いもなくきゅっと強くなる。
まるで、離さないと言うように。
目は閉じたままだった。
けれど、かすかに唇が動く。
「……行くな」
寝息とまぎれるような、低い声。
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
でも、それは――嫌な痛みじゃなかった。
(……ユリウス)
何も言わず、そっと頬を寄せる。
そのまま、もう一度目を閉じた。
彼の心臓の音が、静かに響いていた。
***
その日は、昼になってから二人で庭を歩いた。
まだ少し冷たい風。けれど、ユリウスの隣にいると不思議と寒くない。
「奥様、今日は良いお天気ですね」
庭掃除をしていた使用人が、優しく声をかけてきた。
「……ええ。ありがとう」
以前なら考えられなかった会話だった。
それだけで、胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。
ふと、隣のユリウスを見ると、黙ったまま私の手を取った。
何も言わずに、指を絡める。
その手は、ほんの少し熱かった。
(……甘やかされてる)
わかっているのに、ほどくことはできなかった。
自分でも驚くほど、心地よくて。
自然と、もう片方の手でユリウスの袖口を掴んだ。
小さな子どもみたいに。
ユリウスは何も言わなかったけれど、ほんの一瞬だけ、息を飲んだ音が聞こえた。
***
夜になって、また二人で同じベッドに入った。
ユリウスは無言で私を抱き寄せた。
ぎゅっと、強く。
だけど決してそれ以上は求めてこない。
(……前は、毎晩……)
療養の時は、毎晩重なるように体を寄せていたのに。
今は、ただ抱きしめられるだけ。
私はほんの少しだけ、ユリウスの寝衣の裾を握った。
――お願い、って、そんなふうに。
ユリウスはすぐに気づいた。
けれど何も言わず、ただ、そっと額に唇を落とした。
静かに触れるだけのキス。
その体温だけで、胸がいっぱいになる。
(愛されている)
それはわかっている。
でも、ほんの少しだけ、寂しかった。
それでも――私は、何も言わなかった。
ユリウスも、何も言わなかった。
ただ二人で、夜の闇に溶けるように、静かに抱き合っていた。




