6、知らない自分
言葉も出ないまま、私はただ俯いていた。
すると突然、彼の指先が、私の顎に触れた。
驚いて顔を上げた瞬間――そのまま、頬に冷たい手が滑る。
(え……)
肩がびくりと跳ねた。
触れられたところが、じわりと熱くなるのを感じる。
ぞくりと、背筋に何かが走る。
それは、恐怖のせいだと思った。
けれど、彼の手が首筋に触れ、唇に指が滑った瞬間――
私の体が、僅かに震えて反応したのが、自分でもわかった。
「……っ!」
自分でも知らない自分の反応に、思わず息を呑む。
その時だった。
「――記憶はなくても、身体は覚えているようだな」
低く嘲るような声が、私の耳元に落ちる。
私の身体は、まるでその声に反応するように、勝手に震えた。
違う。そんなはずない。私は何も覚えてない。覚えてないのに――
ユリウスの手が、ゆっくりと、首筋から鎖骨をなぞるように滑り落ちた。
胸元の、繊細な肌のすぐ近く。ほんの一枚の布越しに、その指先が触れた。
「……っあ……!」
声が漏れた瞬間、自分で驚いた。
顔が、熱い。心臓がひどく脈打っている。止まらない。
「……や、やめて……っ」
咄嗟に言葉が漏れた。でも、声はかすれて、彼には届いていなかったかもしれない。
逃げようとしたのに、足がすくんで動けなかった。
悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて――でも、どうしようもなく、身体が反応してしまう。
(いや、やめて……お願い、これ以上は……!)
その時だった。
ふと、彼の手が、止まった。
それ以上は何もせず、ただ、じっと私を見下ろす。
赤い瞳が、わずかに揺れた――けれど、すぐに冷たく凍りつく。
「……ほんとうに、おぞましい女だ」
吐き捨てるように言い、ユリウスは私から手を離した。
そして、何も言わずに背を向け、音もなく部屋から出て行った。
私はその場に座り込んだまま、動けなかった。
涙は出なかった。出せなかった。
ただ、自分の身体が信じられなくて、怖くて、どうしようもなく惨めだった。
でも何より、怖かった。
自分が、どれほど酷いことをしてきたのか、わかってきてしまうのが。
ーーーその日、夜は眠れなかった。
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