68、静かなキス
それから数日――。
私たちは、今まで別々だった寝室を、一つにした。
それからというもの、毎晩、ユリウスは私を自分の隣に招く。
ベッドに潜り込むと、何も言わずに私を腕の中へ引き寄せる。
それが、いつの間にか“当たり前”になっていた。
けれど、彼はそれ以上を求めてこなかった。
ただ、毎夜同じように、私を抱きしめて、優しいキスを落とす。
熱も、鼓動も感じるほど近いのに。
ただ、壊れ物を抱くように、優しく包まれる夜が続いた。
……ほんの少し、寂しいと思う夜もある。
(あのときは、毎晩のように抱き合ってたのに......)
ふっと、療養先での日々を思い出す。
何度も肌を重ねた、あの夜たち。
でも今は違う。
(私たち......想いを伝え合ったのよね……?)
心の奥が、ほんの少しだけ揺れる。
少しの寂しさと心細さ。
(でも、きっと……ユーフェミア様のことも、まだ解決していないから……)
自分にそう言い聞かせるけれど、不安は完全には消えなかった。
私はそっと、ユリウスの寝衣の裾を指先でつまんだ。
ほんの少しだけ。
その布を握りしめるように、小さく、小さく。
小さな子供みたいに、頼るように。
その瞬間、ユリウスが動いた。
何も言わずに、そっと顔を近づけてくる。
そして――私の唇に、やわらかく、触れるだけのキスを落とした。
深くもない。
求めるでもない。
ただ、気持ちを伝えるためだけの、静かなキス。
「ユリウス……」
小さく名前を呼ぶと、彼の腕が、そっと私を抱き寄せ直す。
力がこもりすぎることもなく、けれど離す気なんて微塵もない、そんな抱き方だった。
彼の心臓の音が、私の耳に静かに響く。
あたたかくて、安心して――でも、ほんの少しだけ寂しかった。
愛されている。そう思うのに、どうしてだろう。
満たされているはずなのに、心のどこかが、そっと疼く。
(……これで、いい)
そう思って目を閉じたはずなのに、
その夜の眠りは、なぜか、少しだけ浅かった。
残り6話です。




