66、再び物語は、進んでいく
二人で、エルフォード侯爵家に帰ると決めた。
あれから数日が経ちーーそして今日が、その日だった。
王都の空は、冬の終わりを思わせるような柔らかな光に包まれている。
エルフォード邸の門前には、見送りに出たレオナルドと両親が並んでいた。
「……気をつけて帰るんだぞ」
レオナルドが、ミレイナの頭に手を置いた。
その手のひらは、少しだけ震えている気がした。
「ええ。ありがとう、お兄様」
ミレイナは微笑む。
ユリウスの隣に立つ自分が、ほんの少しだけ強くなれた気がしていた。
「無理はするな。……困ったら、すぐ帰ってこい」
「ふふ……。頼もしいわね」
母は少しだけ目を潤ませ、父は不器用に頷くだけだった。
その様子に、背中を押されるようだった。
もう、誰かに甘える自分はおしまい。
赦されなくても、いい。
私が“私”を受け入れたから。
(私は、もう逃げない)
ユリウスが、そっと手を差し出した。
「行こう」
「ええ」
ミレイナはユリウスの手を取り、馬車に乗り込んだ。
その手は、とても温かかった。
揺れる馬車の窓から、王都の街並みが流れていく。
「……ねぇ、ユリウス」
「ん?」
「私……やっぱり、ユーフェミア様に会いたい」
ユリウスは黙って、ミレイナの手を握り返した。
その掌が、かすかに強張る。
ほんの一瞬、指先に力が入るのを、ミレイナは感じた。
「……本気か?」
「ええ、本気よ。どうしても、話したい。……謝るだけじゃなくて、自分の言葉で、ちゃんと」
ユリウスは黙ったまま、窓の外を見た。
その横顔は、ほんの僅かに苦しそうに見える。
「……わかった」
「ユリウス……」
「君がそうしたいなら、止めない。
……でも、どんな顔をされても、どんな言葉を言われても、君は逃げるな」
「……うん」
ミレイナは、膝の上で手を組み、力を込めた。
「でも、すぐには会えない。……必ず、機会は作る」
「……ありがとう」
ミレイナは、心の奥で決意した。
(逃げないって決めたんだもの)
罪を抱えたままーーそれでも、生きると決めたのだ。
ふと隣を見ると、ユリウスはまだ窓の外を見つめていた。
けれど、その手だけは、しっかりとミレイナの手を握り続けていた。
その温もりが、何よりも答えだった。
完結間近です。
もう少しお付き合いくださいませ。




