65、重なる想い
” ーー愛してる ”
その言葉が、静かに空気を震わせた気がした。
ユリウスの腕が、ほんの僅かに強くなる。
「……本気で、言ってるのか?」
低い声が、耳元に落ちる。
それはまるで、自分の心臓の音と重なっているようだった。
「ええ」
ミレイナは目を閉じた。
涙が滲んで、視界がぼやけた。
「赦されなくてもいいと思ってる。
だって私は、確かに“悪い女”だったから」
唇が、震えているのが自分でもわかった。
「でも……それでも、好きなの」
ユリウスが、少しだけ身体を離した。
けれど、その手は決して離さなかった。
赤い瞳が、ミレイナを真っ直ぐに見つめている。
「俺も……」
ユリウスは、喉の奥で何かを飲み込むようにしてから言った。
「ーー愛している」
その言葉が落ちた瞬間、彼の顔が近づいた。
「……っ」
息を呑む間もなく、唇を塞がれる。
熱いーー。
ただ触れるだけじゃない。
唇を重ねるだけの、優しいキスでもなかった。
まるで全部を奪うかのようにーー
深く、激しく、口づけられた。
「ん……」
唇の隙間を割られ、舌が入り込む。
驚きと戸惑いで肩が跳ねたけれど、ユリウスの手が腰を引き寄せた。
「ユ……リウス……」
名前を呼ぶ暇もなく、舌先を絡め取られる。
息ができなくなるほどの熱が、体の奥に流れ込んでいった。
(……この人は、本気で私を……)
何度も、何度も唇を重ねられるたび、心が溶けていく。
逃げられない。
ーー逃げたくない。
ユリウスの指先が、頬を撫でた。
濡れた睫毛を、指でなぞる。
そして、涙を吸い取るように、そっと口づけた。
「……泣かなくていい」
唇を離したユリウスが、低く囁いた。
「俺はお前の全部を、愛してる」
それは、赦しでもなく、誓いでもなくーー
互いに傷を抱いたまま、ただ寄り添うための言葉だった。
胸の奥に、じんと熱が広がった。
嬉しかった。
どうしようもなく、ただそれだけが胸にあふれた。
涙が零れるのもかまわなかった。
(私……こんなにも、嬉しい……)
涙が頬を伝うたびに、幸福はますます溢れ出した。
ユリウスの指先が、そっとその涙をぬぐう。
濡れた睫毛に、唇が触れた。
もう、息をすることさえ忘れそうだった。
ミレイナは、胸がきゅっと締めつけられるのを感じながら、
自分からもう一度、唇を重ねた。
(好き……私も、好き)
それを伝えるように、そっと口づけた。
深くも、激しくもない。
けれど確かに心を重ねるキスだった。
ユリウスの腕が、そっとミレイナの背に回る。
だが、それ以上は何もしなかった。
「……ミレイナ」
彼が、名を呼ぶ。
呼吸の混じる距離で、お互いの体温を確かめ合う。
「……もう、離れない」
ユリウスが、ミレイナの背を抱きしめたまま、低く囁いた。
「一緒に帰ろう、ミレイナ」
その言葉は、ただ家に帰るという意味じゃない。
二人で、罪も過去も背負って生きていく、という約束だった。
「……ええ」
ミレイナは微笑んだ。
涙を含んだ瞳で、ユリウスを見つめる。
「一緒に、帰るわ」
二人の間に、ひとつ呼吸が落ちた。
誰も赦してくれなくてもいい。
許されなくても、罰せられても。
それでもーーこの人と、生きる。
そして二人は、静かに唇を重ねた。
これで終わらないのが、この物語。
もう一波乱だけあります。
“彼女”また登場です。




