61、赦せなくても、君を愛す
ミレイナが意識を失ってから、三日が過ぎた。
その間、俺は屋敷には戻らず、ヴァンデール公爵家で過ごさせてもらっている。
できる限りの時間を、ミレイナの自室で過ごした。
公務ができるように、レオナルドが手配までしてくれた。
(......今日も、目覚めない、か)
胸の奥に、じわりと冷たいものが広がる。
こんなにも彼女の手が温かいのに、どうしてだろう。
心のどこかが、凍りついたままだった。
(……怖い)
もし、彼女がこのまま目を覚まさなかったら。
もし、もう二度と、笑ってくれなかったら。
そんなこと、考えたくもないのにーー頭から離れなかった。
もしも、彼女が目を覚して――
俺のことを知らない顔で見たら。
(……もう、立ち直れないかもしれない)
愛していると伝えるのが怖かった。
でも、それ以上に。
彼女の心から俺が消えることが、怖かった。
(こんなことなら……)
胸が痛む。
自分の気持ちを認めて、素直に伝えておけばよかった。
ーー愛している、と。
けれど、俺は怖かった。
その言葉を口にするのが、怖くて仕方がなかった。
彼女への気持ちを認めることは、ユーフェミアの苦しみを正当化するようで。
愛してしまった瞬間、自分が何かを踏みにじる気がした。
(……俺は、最低だ)
ミレイナの犯した罪は、赦されるものじゃない。
俺だって、赦せずにいる。
それでも、愛してしまった。
その矛盾が、ずっと胸の中で爪を立てていた。
(……本当に、最低だ)
でもーーふと、思った。
(それで、いいんじゃないか?)
彼女のことは赦せない。
でも愛した。それが俺だ。
愛したからといって、全てを赦さなきゃいけないわけじゃない。
矛盾したまま、生きていくしかないのだと。
(もう、認めようじゃないか)
赦せない自分も。
それでも、愛してしまった自分も。
そのすべてが俺の一部で、逃げられない真実だと。
(......彼女を、失いたくない)
それだけが、偽りなく、今の俺の願いだった。
きれいごとも、理屈も、もはや何も要らない。
だから、決めた。
彼女の過去も、罪も、俺が一緒に背負おう。
これから先、彼女が苦しむなら、隣でその痛みごと抱えてやる。
そして、もしまた何かがあったならーーそのときは俺が罰を受ければいい。
(……だから)
そっと彼女の手を握り締める。
「ミレイナ……」
「君が目を覚ましたら、伝えたい」
「赦せなくても構わない。君をーー」
「愛している」
その瞬間だった。
彼女の手が、わずかに動いた気がした。
微かに指先が震えた。
俺は、ぎゅっと彼女の手を握りしめる。
(……届いたのか?)
心の奥に、光が射した気がした。
次回、ミレイナ視点に戻ります。




