59、会合からの急降下
リシュアン視点です
リシュアンは、ミレイナと別れた後、王都の街をひとり歩いていた。
(......振られちゃった、ね)
軽くため息をつきながら、ふと視線を上げる。
カフェの窓辺。そこに見覚えのある漆黒の髪があった。
(……ユリウスか?)
気づけば足が勝手に動いていた。
誘われるように、その店の扉を開ける。
「やあ、ユリウスじゃないか」
「……アルヴェリウス公爵」
睨まれた。表情隠す気ないな、こいつ。
でもまあ、無理もないか。
反省したとは言え、あんなことしちゃったのは事実だしね。
「そんな顔するなって。たまたま……見かけただけだよ」
「私とあなたは、それほど親しい仲ではないはずですが」
「まあ、そうなんだけどさ。さっきまでミレイナちゃんと会ってたから、報告ーー」
その瞬間、ユリウスが勢いよく立ち上がった。
胸ぐらを掴まれ、ぐっと力が入る。
「貴様、彼女に......何をした?」
赤い瞳が燃えていた。
普段は決して揺らがないはずの瞳が、怒りで濁っている。
その手は、かすかに震えていた。
(……本当に殴られるかと思った)
「何もしてないよ、何も、ね」
リシュアンは手をひらひらと振り、肩をすくめる。
「それよりさ、ユリウスがこんなところで考え込んでるなんて意外だな。ちょっと驚いたよ」
「……そうですか」
……こいつ。
彼女のことになると、すぐ感情が表に出るんだな。
「そんなにツンツンしないで。ほら、伝えたいことがあったんだよ」
「......なんでしょう」
「建国記念パーティーの夜、俺、ミレイナちゃんといたよね?」
ユリウスの目が、細くなる。
「……ああ、殺意が沸きましたよ」
低い声だった。
「......あの場で手を出さなかっただけ、感謝していただきたいくらいです」
リシュアンは思わず笑いそうになった。
まったく、この男は本当に――。
「ほんと、お前って……面白いな。少し、羨ましくなるよ」
「本題は?」
「......はいはい。あの夜さ、ミレイナちゃんーー泣いてたんだよ」
ユリウスの赤い瞳が、わずかに揺れた。
「他でもない、お前のことで」
(……なんで俺は、こんなこと言ってるんだろう)
自分でもわからなかった。
敵に塩を送るような真似をして、何になる。
でもーー
「……俺じゃ、あんな顔はさせられない」
(……でも、それでも)
「......ま、それだけ伝えたくて」
「……公爵」
ユリウスは、無表情のままリシュアンを見据えた。
一見、何も変わらない顔。
だが、その赤い瞳の奥が、かすかに揺れていた。
「安心しなよ。ミレイナちゃんには、もう何もしない。誓って」
言いたいことは、言えた。
それが、俺にできる精一杯の潔さだ。
「じゃあな、ユリウス」
リシュアンは背を向けた。
そのまま、歩き出す。
だけど、その時ーー
「旦那様!」
息を切らした従者が、店の扉を乱暴に開けた。
「……どうした」
ユリウスの声が低く響く。
「奥様が……!」
息が詰まる。従者は苦しげに言葉を継いだ。
「ーー階段から、落ちました。
意識が、ありません……!」
ユリウスの赤い瞳が、一瞬で凍りつく。
「……何?」
その声は、まるで氷の刃のようだった。
次回はユリウス視点です




