55、たとえ、居場所がなくても
両親との対話が終わり、私は静かな邸の廊下をひとり歩いていた。
誰もいない自室の扉の前に立つと、胸の奥に重たく沈んでいた何かが、少しずつほどけていく気がした。
そっと扉を開け、静かな空間に身を沈める。
部屋の薄暗がりの中、私は鏡の前に立った。
そこでようやく、自分の顔をまっすぐに見つめることができた。
「私……ちゃんと伝えられた」
震える声で、そう呟いた。
今まで押し込めてきた感情が、少しだけ解放された気がした。
言葉にすれば……伝わる。
いや、私自身が“伝えたい”って、前を向けたからこそ、あの言葉は意味を持ったのだと思う。
ほんの少し、胸の奥が軽くなった気がした。
そう思った瞬間、不意に、彼の顔が浮かんだ。
……ユリウスは、今、どうしているのだろうか。
ユーフェミア様にーーまた、会っているのかな。
そんな想像が、胸をきゅうっと締めつける。
……嫌だ。
ただ想像しただけで、こんなにも心がざわついてしまう。
でも、それでも。
……会いたい。
最初は怖かった。
記憶がなくて、何も分からないままに、周囲からの目や言葉に追い詰められてーー
「お前は罪人なんだから」なんて、誰にも直接言われていないのに、そう囁かれているような気がして、ずっと怯えていた。
過去の私がしたことは、赦されないこと。
だから私は、ただ受け入れるしかないと思っていた。
でも、それは――ただの絶望だった。
“もう、解放してほしい”って、心の底で何度も願っていた。
そんなとき、ユリウスの優しさに触れた。
温かくて、思わず涙が出そうになった。
でも同時に、怖くなった。
また、あの頃の私に戻ってしまいそうで。
もし、また彼を好きになったら――
私は、また同じように愛を求めて、執着して、周りを傷つけてしまう。
優しさに甘えてしまったら、私はまた、“あの頃の私”に戻ってしまう気がしてーー
……怖かった。
醜くて、自分勝手で、誰よりも傲慢だった“悪女の私”に。
でも、違う。
私はもう、あの道を辿らない。
同じことは、もう二度と繰り返さない。
だって私は、今――ユリウスを、愛している。
その想いは、もうただの依存じゃない。
赦しを乞うためでも、寂しさを埋めるためでもない。
本当は怖い。誰かを愛することで、私はまた誰かを傷つける人間に戻ってしまうかもしれない。
いつかまた、間違えてしまうかもしれない。
でも、それでも。
ーーー愛したい。
そのために、私は......向き合いたい。
ちゃんと、自分の言葉で。
逃げずに、まっすぐに、想いを伝えたい。
……でも、今の私では、まだ彼と向き合えない。
まだやるべきことがある。伝えるべき想いも、向き合うべき過去も。
それらすべてと決着をつけて、ようやく――私は、彼の前に立てる気がする。
たとえーーその未来に、私の居場所がなかったとしても。
それは、きっと苦しいけれど。
それでもいい。......私は、伝えたいの。
ただ、それだけ。
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