49、歪な食事会
今の私は、彼のことをどう思っているのだろう。
……好きだと思う。
だけど、それは……純粋な気持ち?
いえ、
いまの私は、あまりにも、彼に寄りかかり過ぎている。
この日記帳からも、過去の自分が抱えていた激しい執着が滲み出ていた。
今の私はーー過去の私とは違うって、胸を張って答えられる?
上手く……答えることが出来ない。
自信がない。
過去が足枷となって、素直に気持ちを委ねることもできない。
それに……
彼の幸せを願うなら、きっとユーフェミア様の方がふさわしいのかもしれない。
そんなふうに考えていると――
コン、コン。
部屋の扉が、静かにノックされた。
「ミレイナ様、夕食のお時間です」
現実が、私を呼び戻す。
私は深く息を吐いて、日記帳を机の引き出しにしまった。
気持ちの整理なんて、そう簡単にできるものじゃない。
それでも、今の私は――この一歩を踏み出すしかない。
「……今行くわ」
そう言って、私は立ち上がった。
***
夕食は、家族全員での食卓だった。
白亜の食堂に、豪華な料理が次々と運ばれてくる。
だが、ミレイナの目には、食卓よりも両親の視線の方が重く映った。
彼らは始終ミレイナを見つめ、何かにつけて声をかけてくる。
「まあ、肌が少し荒れているわ。……お風呂の温度、合わなかったのかしら」
「……ねえ、今の暮らしはどうなの? 本当に困っていない? ……ユリウス君とは、うまくいっているの?」
「何か欲しいものはない? 言ってくれれば何でも手配するわ」
「あなたのしたいこと、全部していいのよ。……誰にも気を遣わなくていいの」
その言葉の一つひとつは、優しさでしかない。
けれど――
気遣いというには少し過剰な、熱のこもった視線。
何気ない一言にも、過剰なほどの愛情がにじんでいた。
(……優しい。けれど、なんだか……)
奇妙に思えた。心の奥にじわりと広がる、居心地の悪さ。
(......息が、詰まりそう)
こんなにも愛情は感じ取れるのに、温かさよりも重たさのほうが勝ってしまう。
笑顔で頷きながら、けれど心はどこか、冷めた水の中に沈んでいくようだった。
レオナルドはその様子を、じっと見つめていた。
* * *
夕食を終え、自室で一人、窓辺に腰掛けていた。
カーテン越しに差し込む夕暮れの光が、部屋をやわらかく照らしている。
と、扉をノックする音がした。
「……ミレイナ、いるか?」
扉の向こうから聞こえたのは、兄の声だった。
「ええ、いるわ」
扉が静かに開き、レオナルドが姿を現す。
落ち着いた面持ちで近づくと、ミレイナの前に立ち、真っすぐな声で言った。
「さっき、夕食のとき......」
言葉を選ぶように、少し間が空く。
「......夕食の時?」
兄は目を伏せ、躊躇いながらも続けた。
「少し、おまえの様子が、気になってな。......大丈夫か?」
その一言に、ミレイナの胸が小さく震える。
言いようのない違和感に、居心地の悪さ。
それにーー気づいてくれたの?
「......大丈夫、だと思う」
別に何かあった訳じゃない。
ただ、頭の奥で違和感がぐるぐると渦を巻いているだけ。
それだけなのに。
「大丈夫、なんだけど......」
言葉が詰まる。けれど、その沈黙も兄は急かさなかった。
「なんでもいい、言ってみろ。大丈夫だから」
兄は窓辺の椅子に腰を下ろす。
ミレイナも、視線を床に落としたまま、ぽつりとつぶやいた。
「ねえ、お兄さま。前から……両親って、あんな感じだった?」
すると、兄は少し肩をすくめて、苦笑まじりに頷いた。
「ああ。ずっと、ああだったよ。
……お前が、幼い頃から変わらずに」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちていく。
違和感のピースが、少しずつ――けれど確かに、埋まっていくようだった。
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