47、優しすぎる家
「……ミレイナ?」
レオナルドは一瞬、目を細めてこちらを見た。
けれどすぐに、真剣な眼差しに変わる。
「どうしたんだ?」
「お兄さま……私、しばらく実家に戻ろうと思いまして」
短く、でもはっきりと伝えると、兄は少しだけ目を伏せて黙り込んだ。
少しの沈黙のあと、兄は一度だけまなざしを遠くに向け――それから静かに頷いた。
「……そうか。わかった」
それだけ。
問い詰めも、理由を聞くこともせず、ただ受け止めてくれる優しさがそこにあった。
(……やっぱり、お兄さまは優しい)
それだけで、少しだけ心が和らぐ。
こうして私は、建国記念パーティーが終わったその日の夜――実家へと帰ることになったのだ。
***
「ミレイナ……! 元気なの?」
屋敷に到着すると、玄関先で待っていた母が駆け寄ってきた。
すぐ後ろには、父の姿もある。
「向こうでは、ちゃんとお食事を取れていたのかしら? やつれたんじゃない?」
「大丈夫です。ちゃんと、食べていますよ」
そう答えると、母は一瞬まばたきして、少しだけ微笑んだ。
「……ふふ、ミレイナったら、なんだかよそよそしいわね。
記憶のせいよね? わかってるのよ、もちろん。だけど……ちょっとだけ、寂しいわ」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
(……そうよね。きっと“前の私”は、もっと気軽に甘えていたんだ)
「……ごめんなさい。でも……来られてよかったです」
そう言うと、母は安心したように小さく頷き――懐かしむような口調で続けた。
「それならよかったわ。……前は“あちらのメイドがひどい”って、あなた、よく怒ってたでしょう?ほんと、大変だったのよ」
(……そう、だったんだ)
記憶のない私には、過去の自分の振る舞いがどれほどだったのか想像するしかない。
でも、そんなふうに笑いながら言われると、どこか胸がざわついた。
「……ありがとうございます」
ぎこちなく礼を言うと、母の視線が、じっと私に注がれてくる。
「でもねぇ、ミレイナ。あなたはとっても可愛くて良い子なんだから! なんでも、わがまま言っちゃっていいのよ?」
……その言葉に、なぜか引っ掛かりを覚えた。
(……なんだろう、この感じ)
悪い感情じゃない。きっと、これは愛情なんだと思う。
――それなのに、心の奥にぬるい違和感が広がっていく。
母は、続けて言った。
「いつでもミレイナの味方よ」
後ろで、父も頷いている。
......愛情深い両親だと思う。
でもーー
何かが、引っかかる。
(“なんでも許される”……みたいな。そんな感覚)
……まるで、私が“わがままを言う存在”であることを、当然だと思われているような。
無条件の愛情。それは救いのはずなのに。
どこか“危うさ”を孕んでいるようにさえ感じてしまう。
「......ミレイナ?どうしたのかしら」
ぼんやり考え込んでいた私に、母が首を傾げる。
「......いえ、なんでもないです。ありがとうございます」
私は曖昧な笑みを浮かべたまま、その場をそっと後にした。
優しさの中に潜む、かすかな居心地の悪さを――胸の奥に抱えたまま。
ミレイナちゃんの"悪女"について深掘りしてくよ!




