39、無意識だった
「それじゃあ、失礼します」
柔らかな声を最後に、ユーフェミアは去っていった。
噴水のそばにひとり残されたミレイナは、何も言えず、ただその背中を見送っていた。
(……聞いてない)
足元の石畳が滲んで見える。
風の音も、水音も遠く、ぼんやりとしていて。思考だけが、強く沈んでいく。
(ユーフェミア様と、ユリウスが会っていた......?)
たったそれだけの言葉が、胸をきつく締めつけた。
どうしてこんなにも痛むのか、自分でももうわからない。
――彼に、頼りすぎていた。
――気づかないふりで、心を預けていた。
そんなこと、許されるはずもないのに。
どこかで、赦されたいと願っていた。
その甘さに、いま気づいてしまった。
(……馬鹿みたい)
私なんかより、ユーフェミア様のほうがずっとふさわしい。
美しくて、強くて、優しくて……何より、記憶も、過ちもない。
(私なんかより、ずっと)
なのに、どうして。
この胸の奥が、こんなにも冷たいの。
(苦しい……でも、このままなのも、もっと苦しい)
気づけば、足が自然と動いていた。
石畳を抜けて、王宮の裏庭へ――
そのまま、小さな川沿いへと出ていた。
夜の風が肌を撫でる。
水面が静かに光を跳ね返し、足元の小径に影を揺らす。
欄干のない、少し危うい場所だった。
(全部、流れてしまえばいいのに)
そんなつもりじゃなかった。
けれど、気づけば足がふらふらと川のほうへ。
何も考えていない。ただ、心のなかが空っぽで。
そのとき――
「ーーーミレイナちゃん!」
強く、腕を引かれた。
驚いて振り返ると――
淡い金髪が揺れ、深い紫の瞳が真剣にこちらを見つめている。
そこにいたのは、リシュアンだった。




