37、一触即発の予感
式典がひと段落し、参列者たちは広間の奥に設けられた応接の間や、庭園へと散っていく。
飲み物を手に歓談を始める者、知己を見つけて挨拶を交わす者……華やかな空気のなかで、ミレイナはユリウスの傍にいた。
けれど――
「少し、王城の侍従長に挨拶してくる。すぐに戻る」
ユリウスがそう低く告げると、静かにミレイナの手を離した。
その瞬間、いつも感じていた温もりが、どこか遠くへ消えたような気がした。
指先に残る微かな冷たさが、不意に胸をざわつかせる。
「……ええ」
微かな笑みを浮かべて頷くが、その背が人混みに紛れていくのを見送るうちに、視界の端で何かが揺れた気がしてならなかった。
目には見えないけれど、確かに何かが、二人の間に新しい影を落としている。
それが何なのか、まだ掴めずにいる。
(......きっと、すぐ戻ってくれるはず、よね)
気づけば、周囲には知らない顔ばかりだった。
何人かの貴族夫人がこちらを一瞥しては、小声で何かを囁いているのが見える。
足元に視線を落としながら、ミレイナは広間の隅へとそっと移動した。
――そのときだった。
ふと、背筋にひやりとした感覚が走る。
誰かの視線が、強く自分に注がれている。
肌に触れるわけでも、声をかけられたわけでもないのに、それは“確かに存在する”気配だった。
「ヴァンデール公爵令嬢……いえ、今はユリウス様の奥方ですね」
その声は、静かで穏やかだった。
けれど――振り向いた瞬間、ミレイナの心臓が跳ねた。
目の前に立っていたのは――あの人だった。
ユーフェミア・ノクテリア。
灰桜色の髪が、柔らかな光を受けて静かに揺れている。
ブラウンの瞳が、彼女の白い肌をより際立たせ、その視線はまっすぐにミレイナを捉えていた。
「ご無沙汰しております、ミレイナ様。
……こうしてお会いするのは、あの婚約破棄以来ですね」
彼女は深く頭を下げた。
礼儀正しく、美しく――そして、少しも笑っていなかった。
(……この人が、ユーフェミア)
あの日、遠巻きに見ただけの背中。
あのとき確かに感じた、言いようのない胸のざわつき。
それが、今、目の前で形を持って迫ってくる。
記憶はない。けれど――
何かを試されている気がした。
「突然のお声かけ、失礼しました。でも……どうしても、お話したくて」
ユーフェミアは、ほんの少しだけ微笑んだ。
でもその笑みは、親しさでも友情でもなかった。
ただ、静かに確かめるような……何かを、見極めるための微笑みだった。
そして、物語がまた、動き出す。
ふわっと登場しました、ユーフェミアさん。
でも彼女は嵐を運ぶ女です(断言)
ここから物語、ぐんぐん動きます!
心がギュッとなる展開も増えますが、ミレイナちゃんの成長にもご注目ください!
*ユーフェミアの性をヴァレンティス→ ノクテリアに変更しました。




