34、そして現実へ
王都への帰還は、朝靄の中で静かに始まった。
いつもより少しだけ遅い出立だった。
別荘の前で馬車を待つ間、ユリウスは何も言わなかった。
ただ、ミレイナの肩に外套をかけ、最後までそっと髪を撫でた。
──これで、終わり。
甘くて、曖昧で、赦しきれないまま続いた蜜月。
誰にも干渉されず、ふたりだけの世界だったこの一ヶ月が、終わる。
車輪の音が静かに転がり出す。
王都に近づくにつれて、空の色も、風の匂いも変わっていく。
季節はすっかり秋の入り口で、石畳に映る陽射しも、どこか鋭さを帯びていた。
屋敷に戻った翌日から、邸には再び人の気配が戻った。
侍女たちは礼儀正しく、けれどどこか探るような目でミレイナを見ていた。
(……前と、同じはずなのに)
すべてが、どこか遠く感じた。
数日後。
ユリウスの執務が再開される頃、王都には活気が満ち始めていた。
掲示板に貼られた旗印と、町の装飾が語っていた。
──建国祭まで、あと五日。
祝賀行事に合わせて、王都には地方の貴族や使節が次々と集まりはじめていた。
道を行き交う馬車の数も増え、いつもの商人たちの声に混ざって、
異国の衣装をまとった人々や、派手な音楽隊の姿まで見える。
「今年は辺境からも客が来るらしいわ」
そう、屋敷の女中が囁いたとき、ミレイナの胸にざわめきが広がった。
(まさか……)
──ノクテリア辺境伯家。
そして、その正妻。
(……たしか、私の手によって……)
兄のレオナルドが言っていた。
過去の私が、ある女性を辺境に嫁がせたのだと。
ーーユーフェミア。
ユリウスの元婚約者。
王都に戻っただけでも、胸の奥はまだ不安でいっぱいなのに。
また、何かが動き出そうとしている。
それでも。
ここに帰ると決めたのは、私だ。
誰のせいでもなく、自分の意志で。
逃げないって決めたの。
ちゃんと、現実と向き合うために。
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