33、夢の終わり
朝の空気が、ほんの少しひんやりしていた。
庭の草花は静かに揺れ、夏の終わりを告げる風が、二人の間をゆるやかに吹き抜けていく。
――あっという間に、一か月が過ぎた。
長く感じる暇さえなかった。
まるで、夢のように流れていった日々だった。
ユリウスが隣を歩いている。
もう何度も繰り返した、朝の散歩の時間。
でも、今日は少し違っていた。
沈黙が、妙に重く感じられる。
「……本当に、もう大丈夫なのか」
ふいに、ユリウスが呟く。
問いかけのようで、確認のようでもあった。
ミレイナは、小さくうなずく。
言葉にはせずとも、その表情には、確かなものがあった。
「……そうか」
彼がそう返したとき、ふと足を止めた。
逡巡するように視線を落とし、
「このまま、ここにいたい……そんなことを思ってしまうな」
ミレイナは、俯いたまま立ち止まった。
答えは返さなかったが、その心に浮かぶ感情は、彼と同じだった。
この場所にいれば、余計なものを考えなくてすむ。
触れられて、名前を呼ばれて、眠るだけでよかった。
……何も決めなくてよかった。
でも。
それは甘い檻だ。
温かくて、優しくて、逃げ場のようで――
けれどきっと、そこに留まれば、自分を見失ってしまう。
視線を上げると、ユリウスがじっとこちらを見ていた。
何も言わないまま、ただ静かに見つめている。
……そして、そっと息を吸う。
「やっぱり、戻らないと」
その一言は、誰に向けたものでもなく――けれど、確かに彼に届いていた。
ユリウスが、わずかに目を伏せた。
そして、低く小さく。
「……そうか」
雲が流れていく。
風が、夏の終わりの匂いを運んできた。
ほんの一か月の療養だった。
でもそこには、確かに、ふたりの蜜月があった。
そして今――現実が、すぐ目の前にある。
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