24、安心する隣
馬車は長い旅路を終え、ようやく目的地にたどり着いた。
ここが、私たちが療養のために滞在することになった、辺境の別荘――
馬車を降りた瞬間、肌を撫でる風が、王都のそれとはまるで違っていた。
柔らかく、少しひんやりとしていて、草木の香りを含んでいる。
敷地内には池と手入れの行き届いた庭園が広がり、静かな水音と鳥のさえずりが耳に心地よかった。
「ここが別荘だ。……一ヶ月ほど、ここで過ごす予定でいる。療養には、悪くない場所だと思う」
ユリウスが静かに言う。
その目に、どこかほっとした色が宿っているのが分かった。
「……ありがとう。……こうして連れてきてくれて」
思わず、そう口にしていた。
気を許したつもりはなかったはずなのに、彼の声や視線が今は――心に優しく触れてくる。
「今日は着いたばかりだ。身体を休めるほうがいい。……明日、一緒に散歩でもしよう」
「ええ……」
まだ怖さがないわけじゃない。けれど、なぜか――安心できる。
そんな気持ちを抱えたまま、私はその夜を静かに迎えた。
部屋の中も、屋敷全体も、驚くほど静かだった。
使用人は最小限。護衛と料理人、そして身の回りの世話をする女性が数人だけ。
(……静かだ。誰の声もしない)
王都の喧騒から離れたこの場所には、噂も視線もなかった。
ただ、ユリウスの「明日、散歩しよう」という声だけが、今も耳に残っている。
(……あのときの声、やっぱり……優しかった)
胸の奥が、すこしだけあたたかくなる。
やがて眠りに落ちるとき、私は久しぶりに――胸が苦しくならずに、目を閉じることができた。
***
翌朝、朝露の残る庭園を、ユリウスと並んで歩いた。
池の水面が風に揺れて、木漏れ日が地面にまだら模様を描いている。
彼と歩く道は、思いのほか、静かで心地よかった。
無言でも、居心地が悪くないのが不思議だった。
(どうしてだろう……)
ふと、何かに惹かれるように、私はそっと、ユリウスの腕へ手を伸ばしていた。
気づいたときには、もう――彼の腕に、自分の手を添え、軽く絡めていた。
(あ……)
我に返った瞬間、心臓が跳ねる。
慌てて離そうとしたけれど、ユリウスは何も言わず、そのまま歩を緩めた。
私の歩幅に合わせるように、静かに隣を歩き直してくれる。
その優しさに、さらに胸がきゅっと締めつけられる。
(……怒らない。……怖くない)
それどころか――
(……離れたく、ない)
そんな思いが、胸の奥にふわりと浮かんで、私を戸惑わせた。
手を離そうかと迷ったとき、ユリウスが小さく言った。
「……寒くないか?」
私は小さく首を振った。
「……大丈夫」
その声が、少しだけ震えていたことに、自分で気づいていた。
けれど彼は、それを責めることなく、ただ「そうか」とだけ答えてくれた。
誰にも邪魔されない庭園の道を、私はユリウスと並んで歩く。
ゆっくりと、まるで凍っていた心が、解けはじめていくような朝だった。
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