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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

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23/83

22、ひとりじゃ、いやなの

 夕刻――

 侍女が、扉の向こうからそっと声をかけてきた。


 「奥様……旦那様より、お夕食をご一緒に、とのお誘いです」


 私は、一瞬だけ息を呑む。

 あの人と……ふたりで、食事を?


 「……わかったわ」


 胸の奥がざわついていた。けれど、断る理由はなかった。

 

 



 食堂の扉を開けると、ユリウスはすでに席に着いていた。

 いつものように沈黙を纏いながらも、その雰囲気がどこか違う。


 「……座って」


 柔らかな声音。

 

 その一言だけで、私はふっと肩の力が抜けたような気がした。

 優しく話しかけられるのは、たぶん初めて――。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。



 ……どうして。

 あんなに怖いと思っていたはずなのに、こんな風に心が和らぐなんて。


 けれど、ふと視線の端に映った給仕係の男の姿に、体がびくりと反応した。


 カチャ、とナイフが皿に触れる音にも、無意識に身をすくめてしまう。



 (……やっぱり、怖い)



 私の中には、まだ確かにあの日の影が残っている。


 


 食事は静かに進んでいった。

 言葉はほとんど交わされないけれど、それでもユリウスは私の様子を静かに窺っているようだった。




 やがて、ユリウスが口を開いた。



 「……少し、静養してみてはどうだろう」


 「……え?」


 「別荘に、しばらく滞在してはどうかと思っている。空気もいいし、人も少ない。……心を落ち着けるには、悪くないはずだ」


 「必要であれば、滞在中の世話も整えるつもりだ。使用人を数人選抜して――静かに過ごせるようにしておく」




 私は小さく瞬きをして、言葉を失った。



 (……私、一人で? そういう意味なの……?)



 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。




 離れたほうがいい。

 そう、頭ではわかっているのに……どうして?




 「……いや、ひとりは……いや……」



 気づけば、言葉が零れていた。

 驚いたようにユリウスが目を見開く。



 私は視線を彷徨わせながら、小さな声で続けた。



 「……行きたくない……。ひとりじゃ……いや……」


 


 沈黙。

 空気が、ぴたりと止まる。



 ユリウスが呆然としたように私を見つめていた。


 その瞳の奥に浮かぶ、驚きと戸惑い――そして、かすかな光。


 「……俺も、行こうか?」


 私は、そっと彼を見上げて、小さく頷いた。


 「……うん。来て」


 


 ユリウスの表情が、ほんの少し崩れた。

 感情を抑えきれないように、呼吸が微かに乱れる。


 まるで、彼の中で何かが静かに崩れたような――そんな気がした。



 「……わかった。一緒に行こう、ミレイナ」


 


 この人は、私の何を見て、何を赦せないのだろう。

 でも今はただ、この温もりが――心にしみて、離れたくなかった。


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