22、ひとりじゃ、いやなの
夕刻――
侍女が、扉の向こうからそっと声をかけてきた。
「奥様……旦那様より、お夕食をご一緒に、とのお誘いです」
私は、一瞬だけ息を呑む。
あの人と……ふたりで、食事を?
「……わかったわ」
胸の奥がざわついていた。けれど、断る理由はなかった。
食堂の扉を開けると、ユリウスはすでに席に着いていた。
いつものように沈黙を纏いながらも、その雰囲気がどこか違う。
「……座って」
柔らかな声音。
その一言だけで、私はふっと肩の力が抜けたような気がした。
優しく話しかけられるのは、たぶん初めて――。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
……どうして。
あんなに怖いと思っていたはずなのに、こんな風に心が和らぐなんて。
けれど、ふと視線の端に映った給仕係の男の姿に、体がびくりと反応した。
カチャ、とナイフが皿に触れる音にも、無意識に身をすくめてしまう。
(……やっぱり、怖い)
私の中には、まだ確かにあの日の影が残っている。
食事は静かに進んでいった。
言葉はほとんど交わされないけれど、それでもユリウスは私の様子を静かに窺っているようだった。
やがて、ユリウスが口を開いた。
「……少し、静養してみてはどうだろう」
「……え?」
「別荘に、しばらく滞在してはどうかと思っている。空気もいいし、人も少ない。……心を落ち着けるには、悪くないはずだ」
「必要であれば、滞在中の世話も整えるつもりだ。使用人を数人選抜して――静かに過ごせるようにしておく」
私は小さく瞬きをして、言葉を失った。
(……私、一人で? そういう意味なの……?)
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
離れたほうがいい。
そう、頭ではわかっているのに……どうして?
「……いや、ひとりは……いや……」
気づけば、言葉が零れていた。
驚いたようにユリウスが目を見開く。
私は視線を彷徨わせながら、小さな声で続けた。
「……行きたくない……。ひとりじゃ……いや……」
沈黙。
空気が、ぴたりと止まる。
ユリウスが呆然としたように私を見つめていた。
その瞳の奥に浮かぶ、驚きと戸惑い――そして、かすかな光。
「……俺も、行こうか?」
私は、そっと彼を見上げて、小さく頷いた。
「……うん。来て」
ユリウスの表情が、ほんの少し崩れた。
感情を抑えきれないように、呼吸が微かに乱れる。
まるで、彼の中で何かが静かに崩れたような――そんな気がした。
「……わかった。一緒に行こう、ミレイナ」
この人は、私の何を見て、何を赦せないのだろう。
でも今はただ、この温もりが――心にしみて、離れたくなかった。
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