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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

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21、隣に立てない

 「……落ち着いたか?」


 低く穏やかな声に、私は顔を上げた。

 扉のそばに立っていた兄――レオナルドが、そっと歩み寄ってくる。



 「ええ。……ごめんなさい、取り乱して」


 「……事件のことを聞いた。心配で、急いで来たんだ」

 「父上は体調を崩されていて、母上がつき添っている。……代わりに俺が」


 「ううん……来てくれてありがとう、お兄さま」



 レオナルドは、私の傍に腰を下ろすと、少しだけ言いづらそうに目を伏せた。



 「……聞きづらいんだが……その、男性が……怖いのか?」


 胸が痛んだ。言葉にされると、どうしてこんなにも、情けなくなるのだろう。


 「……うん、たぶん……そうなのかもしれない」


 吐き出すように答えた私に、レオナルドはそっと視線を伏せた。


 「……すまない。様子を見に来ただけだったから……すぐに席を外すつもりだったんだが……」


 「……お兄さまは……平気なの」


 「え?」


 「……少し……話を聞いてくれる?」


 私の目をじっと見つめるレオナルドは、真剣な顔でわずかに頷いた。


 「……ああ。もちろんだ」



 私は深く息を吸って、少し俯きながら口を開いた。



 「前に……離婚を考えてるって、話したでしょう?」


 「ああ……あれは、本気だったのか?」


 「うん。けれど――ユリウスが、それを許してくれないの」


 「……そうなのか……?」




 驚いたように眉をひそめる兄の前で、私は小さく笑って見せた。



 「だから、私……彼が望むなら、そばで償っていこうって思ったの。……けど」


 唇が震える。


 「――怖いの。……心のどこかで、彼を避けてしまうの。……これじゃ、償えない」


 堪えていたものが、零れ落ちた。


 「隣に、なんて……とても立てない……!」


 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 自分の感情なのに、止め方がわからなかった。


 「……そうか」


 レオナルドはそっと私の肩に手を置いて、静かに言った。


 「わかった。俺からも……何か話せないか、考えてみる」

 「今は無理せず、体を休めてくれ。……大丈夫だから」


 「……ありがとう、お兄さま……」


 


 涙を拭いながら微笑む私に、レオナルドは少しだけ目を伏せた。

 それから、ふと視線を横へと向け――



 そのまま、言葉を失った。



 廊下の先、少しだけ開いた扉の向こうに――

 黒髪の男が、静かに立っていた。


 夜の闇を溶かしたような漆黒の髪、深紅の瞳。

 感情のない顔。だが、その目だけが、ひどく、痛々しかった。




 (ユリウス……)



 レオナルドの胸に、複雑な想いが渦巻く。



 妹を守りたい。

 でも、それ以上に――あの男の苦しさも、痛いほど分かってしまう。



 「……お兄さま? どうしたの?」


 「……いや、なんでもないよ」



 レオナルドは、静かに微笑んだ。

 それは、記憶の中にはないはずなのに、懐かしく感じる笑みだった。

 けれど――どこか、影を宿していた。




 「また来るよ。……ゆっくり休んでくれ、ミレイナ」



 そう言って立ち上がり、扉へと向かう。

 すれ違いざま、ユリウスと目が合った。


 何も言わず、何も聞かず。

 ただ、静かに頷く。



 それが、すべての感情を飲み込んだ兄なりの答えだった。




 ユリウスは、動かない。

 ただ、そこに立ち尽くしたまま――誰にも、気づかれることなく、その場を離れていった。




 あの瞳に宿っていた痛みを、私はまだ知らなかった。

ブクマ&評価ありがとうございます!

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完結済みの旧作もよろしくお願いします♪

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