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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

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19/83

18、忘却の代償

 リシュアンの手が、ドレスの肩紐を滑りかけたその瞬間――



 「……その手を。離してください、アルヴェリウス公爵」



 低く、静かに、それでいて絶対の力を孕んだ声が響いた。


 その声に、空気が張り詰める。



 リシュアンがピクリと肩を震わせ、ようやくミレイナの体から手を離した。




 「……ユリウスか」


 気まずさを隠すように口元を歪めるが、彼の足は自然と一歩後ずさる。



 「ここで何をしているのか、説明を求めるべきかと思いましたが――」



 ユリウスの紅い瞳が、冷たい刃のように突き刺さる。


 「……ですが、それは後日に致しましょう。あなたと話すべきことは、数多くあるようですから」



 彼の口元がわずかに引きつっていた。その背に、ユリウスの気配が迫っているのがわかる。


 重たい沈黙の中、私は恐怖で固まったまま、目を伏せていた。



 でも――その瞬間、リシュアンの視線が、私に向けられたのがわかった。



 その視線に触れた瞬間、心臓がきゅうっと締め付けられる。

 身体の震えが止まらない。喉は乾ききって、視界は霞んでいる。

 視線を合わせることさえできず、ただ震える身体を必死に支えていた。



 そんな私を見て、リシュアンが小さく――吐き捨てるように呟いた。


 


 「……こんな顔を……俺が」


 ぽつりと、吐き出すように呟かれた言葉。

 それは、自分自身への痛烈な悔いのように聞こえた。



 「すまない、ミレイナちゃん……」



 苦しげな表情で一歩、また一歩と後ずさる。



 「今日は……帰るよ。こんな形で、会いたかったわけじゃない」



 ふと笑みを浮かべる――どこか、哀しい笑みだった。



 「また……もしまた、君と会えるなら。今度は……笑ってくれたら嬉しい」



 それだけを残して、彼は足早に廊下の奥へと姿を消した。



 


 リシュアンが去った後、廊下には、言葉にならない沈黙だけが残った。


 ユリウスと私のあいだに、しばしの空白が横たわる。


 


 「……大丈夫か」


 


 低く、けれどいつもよりわずかに柔らかい声で、ユリウスが問いかけてくる。


 私はこくりと小さくうなずいた。


 「……ええ。ありがとう」


 

 それだけで精一杯だった。


 


 彼はそっと、自分の上着を脱ぐと、私の肩にかけようと手を伸ばした。


 ドレスは背のリボンが乱れ、肩が露わになったままになっていたのだ。


 


 けれど――その手が私の肌に触れかけた瞬間、


 


 「――っ!」


 


 思わず、身体がびくりと震えた。


 まるで反射のように、一歩だけ後ずさる。


 


 ユリウスの手がぴたりと止まった。


 気づいたのだろう。わずかに目を見開いた気配がした。


 


 「……っ、ごめんなさい……!」


 


 私は咄嗟にそう言って、目を伏せた。


 胸の奥がざわつく。息が苦しい。喉が詰まり、何かがせり上がってくる。


 


 (なんで、こんな……)


 


 涙が一粒、ぽろりと頬を滑り落ちた。


 


 「あれ……なんで、私……泣いて……ご、ごめんなさい……」


 


 自分でも理由がわからない。


 ただ、震えが止まらない。涙が止まらない。


 


 ユリウスは何も言わなかった。


 ただ、何かを言いかけたように手を伸ばし――けれど、すぐにそれを引っ込めた。


 


 静かな、痛いほどの沈黙が落ちる。


 

 「……とりあえず、これは着てくれ」

 「……今日は、もう帰ろう」


 


 その一言に、私はただ頷くことしかできなかった。

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