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【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

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18/83

17、忠犬

 数曲の舞が終わった頃だった。

 音楽も喧騒も少し落ち着きを見せ始めたタイミングで、私はユリウスの袖をそっとつまんだ。



 「少し、席を外してもいいかしら」


 低く、控えめに囁く。

 ユリウスは黙ったまま私に目を向け、短くうなずいた。


 それだけで、許可が下りたことがわかった。


 


 私は会場を後にし、ひとり、廊下を歩く。

 シャンデリアの光が届かない、ほんの少しだけ静かな通路。赤絨毯が、足音を吸い込んでいく。


 この夜会で初めてひとりになれた空間。

 けれど、安心感はなかった。


 


 胸の奥が、妙なざわつきを覚えている。


 あの“視線”のせいだろうか。

 先ほどから、ずっとどこかにまとわりつくような違和感が消えない。


 


 (気のせいよ……落ち着いて)


 


 自分にそう言い聞かせて、歩を進めたその時だった。


 


 

 「やあ、久しぶり、ミレイナちゃん」



 その声がした瞬間、背筋が凍りついた。

 静寂の廊下に溶け込んでいた影から、男が姿を現す。


 色素の薄い金髪、艶やかな微笑み。

 けれどその紫の瞳には、爛れたような熱が宿っていた。



 (……この人、知ってる。過去の、私が)



 胸が騒ぎ出す。直感だけが、鋭く心を揺さぶる。

 だけど、名前も、関係も、まるで思い出せない。



 男は、少し肩を落として笑った。

 「やっと、ひとりになってくれた。……ずっとユリウスが張りついて、鬱陶しいったらなかったよ」



 ぞっとするような親しげな口ぶり。


 「……ごめんなさい。どなた、でしょうか」


 その瞬間、男の表情が凍りついた。


 「……! 記憶喪失って噂は、本当だったのか」


 重たい沈黙が降りる。


 やがて、彼はゆっくりと息を吐いた。


 「……俺は、ミレイナちゃんのために何でも尽くしてきたんだ。

 君の望むままに、全部。全部、だよ。

 それを……忘れた、だと?」


 息を呑む。


 「まさか……そんなはずはない。こんなに尽くしてきたのに……?」


 その声には、柔らかさの裏に、明確な執念が潜んでいた。

 私は口を開こうとするけれど、喉が凍りついたように言葉が出てこない。


 男は、一歩、一歩と歩み寄る。

 赤絨毯に吸われているはずの足音が、なぜか鋭く響いた。


 「俺は……君の命令ならなんでも聞いた。

 あの女を襲わせる手配だって、なんだって……!」


 ――あの女?


 頭の中で警鐘が鳴る。


 「この俺の思いは……どこに置けばいい? 答えてくれ!!」


 「……ごめんなさい。でも、覚えてないの」


 必死に答えたつもりだったのに、声は震えていた。


 (今……“あの女を襲わせる手配”って……?)


 思わず問いかけてしまう。


 「あの、聞きづらいのだけれど――“あの女”って、誰のことを……」


 「そんなことは今はどうでもいい!!」


 男が声を荒げた。

 

 けれどそれは激情というより、焦燥に近かった。



 「……君は忘れても、俺は忘れられない。

 毎晩毎晩、君のことを思って眠れなかった。誰よりも君を想っていたのに……!」



 自嘲するように、男は笑う。


 「……おかしいよな。君は、ユリウスの隣を選んだ。だから、身を引いた。

 でも――今、君はこんな顔で、俺を“知らない”なんて言う」




 一歩、また一歩、距離を詰める。



 「だったら、教え直すよ。……俺が誰なのか。

 君にとって、誰よりも忠実で、忠犬みたいに命令を聞いていた――“リシュアン”だってことを」



 その手が、私の肩に触れる。

 拒もうとした瞬間、強く引き寄せられた。



 「こんなことなら……無理にでも手に入れるべきだったんだよな……!」



 勢いで背中のリボンを乱暴に引く音がした。



 「きゃっ……!」


 ドレスの背が緩み、肩が露わになる。

 冷たい空気に晒された肌が、ぶるりと震えた。



 触れられているのに、何も感じない。恐怖で、体の感覚すら曖昧になっていた。




 「……君がユリウスのものでいることが“幸せ”だと思ってた。けど……もうそんなの、我慢できない」



 男の瞳には、狂気とも絶望ともつかない光が宿っていた。



 (怖い――)


 喉が凍りつき、声が出ない。



 その時だった。


 「――その手を離せ」


 鋭く、低い声が空気を裂いた。


 振り返らずとも、わかった。


 ユリウスだった。


 

 「……リシュアン・アルヴェリウス公爵、……その手を離していただけますか」



 声は低く抑えられていたが、空気は一瞬で張り詰めた。


待ってたよヒーロー!

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